採用内定と内定取消し
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採用内定とは
採用内定の法的性格は、始期付解約権留保付労働契約であると解されています。
「始期付」とは、就労開始日が労働条件に付されていることで、例えば新卒採用の場合であれば4月1日を就労開始日とするといった条件が付されることが多いです。
また、「解約権留保付」とは、内定取消事由に該当した場合、会社に採用内定を取り消す権限が留保されていることをいいます。
採用内定は始期付解約権留保付労働契約と解されているため、採用内定後は労働契約が成立したものとして扱われます。そのため、次のとおり、使用者による内定取消には制約が加えられることになります。
内定取消しの有効性
内定を解約権留保付労働契約と理解した場合、内定取消しは、使用者が留保解約権の行使により一方的に労働契約を終了させる行為となります。内定者にとっては、始期付であるとはいえ労働者たる地位を失うこととなりますので、大きな不利益を被ることとなります。
そのため、内定取消しの有効性は、解雇の場合と同様、厳しく判断されます。
内定取消事由
それでは、どのような場合に内定取消しが有効と認められるのでしょうか。
採用内定の取消事由は、使用者が採用内定した当時に知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当と認められる場合に限り有効となります。
内定者に関する取消事由として、一般的に考えられるものは以下のようなものになります。
- 学校を卒業できなかった場合
- 就労までに必要とした免許・資格が取得できなかった場合
- 健康を著しく害し勤務に重大な支障がでる場合
- 履歴書や誓約書などに重大な虚偽記載がある場合
一方、事業の縮小や業績の悪化など、使用者側の都合により内定を取り消す場合には、以下の「整理解雇の4要件(4要素)」の観点からその有効性が判断されます。
- 人員削減の必要性
- 解雇回避努力義務の履行
- 人員選定の合理性
- 解雇手続の妥当性
過去の裁判例
大日本印刷採用内定取消事件(最高裁判所昭和54年7月20日判決)
事案
学生Xが、大学の推薦を得て綜合印刷を業とする株式会社Yの求人募集に応募した結果、Yから採用内定の通知を受けました。Xは、Yから採用内定通知を受けた後、他社への応募を辞退しました。
ところが、Yは、Xが大学を卒業する年の2月に、突如として、Xに対し、理由を示すことなく、採用内定を取り消す旨の通知をしました。Xは、他の企業への就職も事実上不可能となり、他の企業に就職することもなく、3月に大学を卒業しました。
裁判所の判断
裁判所は、本件の採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを考慮すると、Yからの募集(申込みの誘引)に対し、Xが応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対するYからの採用内定通知は、その申込みに対する承諾であって、Xが、間違いなく入社すること、一定の事由があるときは採用内定を取り消されても異存がないこと等が記載された誓約書を提出したこととあいまって、XとYとの間に、Xの就労の始期を大学卒業直後とし、それまでの間、誓約書記載の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのを相当である、と判断しました。
また、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的に認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られるとしました。
そのうえで、本件における採用内定取消事由の主な理由は、「Xはグルーミー(暗い、陰気)な印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかった。」というものであり、グルーミーな印象であることは当初からわかっていたことであるから、Yとしてはその段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたはずであるにもかかわらず、不適格と思いながら採用を内定し、その後に不適格性を打ち消す材料が出なかったので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべきであり、そのような事由をもって解約事由にあたるとすることはできないと判断しました。
電電公社採用内定取消事件(最高裁判所昭和55年5月30日判決)
事案
Xは、Yの社員公募に応募し、採用の日、配置先、採用職種及び身分を具体的に明示した採用通知をYから受領しました。その後、Xは、Yからの求めに応じて被服号型報告表を提出し、入社懇談会に出席し、健康診断を受けるなどしていました。
ところが、Xは反戦青年委員会の指導的地位にあって、大阪市公安条例違反及び道路交通法違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受けたことが判明したため、YがXの採用内定を取り消しました。
裁判所の判断
裁判所は、本件の採用通知には、採用の日、配置先、採用職種及び身分を具体的に明示しており、採用通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったと解することができるから、XがYからの社員公募に応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対するYからの採用通知は、申込みに対する承諾であって、これにより、XとYとの間に、採用内定の一態様として、労働契約の効力発生の始期を採用通知に明示された日付とする労働契約が成立したと解するのが相当である、と判断しました。
そのうえで、Yにおいて本件採用の取消をしたのは、Xが反戦青年委員会に所属し、その指導的地位にある者の行動として、大阪市公案条例等違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしたことが判明したためであって、Yにおいてそのような違法行為を積極的に敢行したXを見習社員として雇用することは相当でなく、YがXを見習社員としての適格性を欠くと判断し、本件採用の取消をしたことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから、解約権の行使は有効である、と判断しました。
インフォミックス採用内定取消事件(東京地方裁判所平成9年10月31日)
事案
Xは、スカウトによってYへマネージャーとして入社(中途採用)が内定しましたが、入社日の二週間前に、Yから、業績が予想を大幅に下回ったため、Xの配属を予定していた部署自体が存続しなくなることの説明及び入社の辞退勧告を受けました。
その後、XはYの代表者から①基本給の三か月分の補償、②入社して試用期間である三か月経過後に辞める、③入社するが、マネージャーではなく、マネージャー待遇でシステムエンジニアとして働くという三つの案を提示されました。
Xは、既に前職を退職していたため、Yに対し、マネージャーとして雇うよう抗議し、入社辞退の場合は基本給の24か月分の補償を、入社の場合は試用期間の放棄を要求するなどしたところ、Yから内定を取り消されました。
裁判所の判断
裁判所は、本件における採用内定は、就労開始の始期の定めのある解約留保権付労働契約であるとし、始期付解約留保権付労働契約における留保解約権の行使(採用内定取消)は、解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる(最高裁昭和54年7月29日第二小法廷判決・民集三三巻五号五八二頁参照。)としたうえで、
採用内定者は、現実には就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する
- 人員削減の必要性
- 人員削減の手段として整理解雇することの必要性
- 被解雇者選定の合理性
- 手続の妥当性
という四要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきであるとしました。
また、本件採用内定を始期付解約留保権付労働契約と解する以上、Xの就労開始前であっても、Yは、人事権に基づきXの職種を変更する権限を有するものの、YがXに対し、三つの条件を提示したのは、事態の円満解決のための条件の一つを単に提示したにすぎず、YがXの職種を確定的に変更する意思でもって発言をしたとみることはできないため、職務変更命令違反等を理由とする内定取消は無効としました。
なお、仮に、Yの提案がXに対する職種変更命令であると認められるとしても、Xは、マネージャーとしてYに入社することに大いに期待していたことが容易に推認されるところ、採用内定に至る経緯や入社の辞退勧告などがなされた時期等を踏まえると、Yの職種変更命令に対するXの一連の言動、申し入れを捉えて内定取消をすることは、Xに著しく過酷な結果を強いるものであり、解約留保権の趣旨、目的に照らしても、客観的に合理的なものとはいえず、社会通念上相当と是認することはできないとしました。
一方で、Yは、経営悪化による人員削減の必要性が高く、そのために従業員に対して希望退職等を募る一方、Xを含む採用内定者に対しては入社の辞退勧告とそれに伴う相応の補償を申し入れ、Xには入社を前提に職種変更の打診をしたなど、Xに対して本件採用内定の取消回避のために相当の努力を尽くしていることが認められ、その意味において、本件内定取消は客観的に合理的な理由があるとしました。
しかしながら、Yがとった本件内定取消前後の対応には誠実性に欠けるところがあり、Xの本件採用内定に至る経緯や本件内定取消によってXが著しい不利益を被っていることを考慮すれば、本件内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできないと判断しました。
弁護士 岡田 美彩
- 所属
- 大阪弁護士会
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