動物による事故における飼い主の責任
ペットを飼っていると、飼い主には様々な責任が発生します。
そこで、今回のコラムでは、ペットとして飼っている動物が第三者に怪我をさせてしまった場合の飼い主の責任について解説いたします。
目 次 [close]
ペットが第三者に怪我をさせてしまった場合
ペットが第三者に怪我をさせてしまうケースとして、下記の3つの事例を示して解説していきます。
- case1 散歩中に小型犬が第三者を噛んだ
- case2 自宅の敷地に紐でつないでいた秋田犬が逃走して第三者を噛んだ
- case3 自宅内のケージで飼育していたニシキヘビが自宅外に逸走したところ、突然現れたニシキヘビに第三者が驚いて転倒し怪我をした。
民事上の責任
ペットの飼い主は「動物の占有者」として、自身のペットが他人に危害を加えた場合、その被害者に生じた損害を賠償する責任を負うことになります。
民法718条の責任
1.動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。
2.占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。
民法718条
1項の「占有者」とは、動物を事実上支配する者をいいます。
2項の「占有者に代わって動物を管理する者」とは、運送契約、寄託契約、賃貸借契約、使用貸借契約などにより、1項の占有者から動物の保管を引き受けた者をいうとされています。
ペットが第三者に怪我を負わせるなどした場合、飼い主は、民法718条1項に基づき「動物の占有者」として第三者に生じた損害を賠償する義務を負うこととなります。ただし、飼い主がペットの管理について相当の注意を尽くしていた場合には、飼い主は責任を負わないことになります。
この「相当の注意」とは、動物の種類及び性質に従い、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処し得べき程度の注意義務まで課したものではないとされています(最高裁判所昭和37年2月1日判決・民集16巻2号143頁)。
具体的な注意義務の内容は、事案に沿って具体的に決められることになりますが、一般的には、
- 動物の種類・雌雄・年齢
- 動物の性質・性癖・病気
- 動物の加害歴
- 占有者らの職業・保管に対する熟練度、動物の馴到の程度、加害時におけるの措置態度など
- 飼養管理状況
- 被害者の警戒心の有無・被害誘発の有無・被害時の状況
などの諸般の事情を考慮して判断されています。
また、家庭動物等の飼養及び保管に関する基準(平成14年環境省告示第37号)や飼い主が居住する地域の条例(動物の愛護及び管理に関する法律の規定に基づき動物の飼養及び保管に関し必要な措置等を定めたものなど。大阪府では、「大阪府動物の愛護及び管理に関する条例」)で定められている飼い主の義務も参考になるものと思います。この「相当の注意」を尽くしたかについて裁判所はかなり厳格に判断しており、免責されることはほとんどなく、飼い主にとって厳しい規定となっています。
民法718条2項の定めにより、ペットの飼い主だけでなく、飼い主からペットを預かっただけの者でも、「動物を管理する者」としてペットが第三者に負わせた損害を賠償する義務を負うことがあります。この場合、飼い主は、飼い主が相当の注意をもって動物の保管者を選任・監督したことを証明しない限り、保管者と共同して責任を負うこととなります(最高裁判所昭和40年9月24日判決・民集19巻6号1668頁)。
賠償の範囲
ペットの飼い主が賠償しなくてはならない損害は、社会的に見て、ペットの行為により生じた損害であると認められることが相当と判断される範囲(相当因果関係の範囲)になります。
ペットによって第三者に負傷したを負わせた場合、以下の項目の損害に関する賠償責任を負うことになります。
- 治療費
- 入院付添費
- 通院交通費
- 入通院慰謝料
- 休業損害
- 逸失利益
- 後遺障害慰謝料
- その他(事故によって破損した物の費用、弁護士費用等)
過失相殺
ペットが第三者に損害を与えた場合であっても、被害者側に何らかの落ち度があり、事故発生の責任が認められる場合には、損害の公平な分担という観点から、飼い主が賠償しなければならない損害額が減額されることがあります(民法722条2項)。
被害者本人の過失だけではなく、被害者を監督するもの(例えば、幼児の親権者)がいた場合には、監督者の監督が不十分だったことについても、被害者側の過失として考慮されます。
裁判例
平成14年 6月27日 東京地方裁判所判決(平成13年(ワ)2322号)
被害者が、自宅付近にて、すれ違いざま飼い主に挨拶したところ、飼い主が連れていた秋田犬に顔面を咬みつかれ、顔面裂傷等の傷害を負い、右頬部に痣のようにもみえる若干の線状痕が残った事例です。
飼い主は、民法718条1項但書の注意を尽くしたという主張はしませんでしたが、裁判所は、念のためとして、被害者が犬に近づいたり声をかけたりした際に、犬が咬みつくことのないようリードを短く持つなり強く持つなりして事故を防止することが可能であったと認められるから、相当の注意をもって当該秋田犬を保管していたとして免責されることはないと判断しました。
もっとも、裁判所は、当該秋田犬は他人に咬みつく傾向があり、しかも被害者が飼育している犬との相性が良くなかったことに照らすと、被害者が近づいて手を差し出すなどしたことにはやや不用意で軽率な側面のあることは否定できないから、その点において被害者に過失があるとして、3割の過失相殺を認めました。
平成17年 6月29日 東京地方裁判所判決(平成16年(ワ)4200号)
社宅である集合住宅である自宅玄関前の通路に犬小屋を置き、昼間は、通路を支える鉄柱に長さ約1.9mの紐でけい留して飼育していたシベリアンハスキーと芝犬の雑種に唇付近を噛みつかれ、被害者女性の唇近辺に咬傷痕を残して症状固定との診断を受けた事例。
裁判所は、集合住宅の通路部分に犬小屋を置き、昼間は、通路横の鉄柱に長さ約1.9mの紐でけい留して、当該犬を飼育していたという状況下で、当該犬は生後8年を経過したシベリアンハスキーの血統を有する、牙の鋭い大型犬であり、このような犬を、集合住宅の居住者はもとより来訪者も日常的に通行する場所で飼育する以上、当該犬に接近した人に危害を加えることがないよう犬に口輪をはめたり、当該犬に近寄らないように周囲に注意を促す旨の表示をしたりすべき義務があるとし、飼育状況や動物の性質・年齢などから「相当の注意」の内容を具体化しました。そして、飼い主はこのような措置を講じないで漫然と当該犬を飼育していたから、当該犬の種類及び性質に従い相当の注意をもってその保管をしていたということはできないとしました。
その上で、被害者は、大型犬であることをわかったうえで不用意に近づき、その前にしゃがみ、向き合って遊んでいた際に発生した事故であるから、被害者にも重大な過失が認められるとして、7割の過失相殺を認めました。
事例のあてはめ
case1 散歩中に小型犬が第三者を噛んだ
このケースの場合、小型犬であっても咬みつくことのないようにリードを短く持つなり、強く持つなりして事故を未然に防ぐ努力を行っていたかが問題となりそうです。
しかし、第三者の方から犬に近づいて来たなどの事情があれば、過失相殺が認められる余地があるかもしれません。
自宅の敷地に紐でつないでいた秋田犬が逃走して第三者を噛んだ
このケースの場合、秋田犬が逃走した原因が問題となりそうです。
紐や紐をつないでいた支柱などの強度が犬の大きさなどと比較して充分であったか、紐のつなぎ方が外れにくいものであったかなどの事情が、相当の注意を尽くしたか否かに関係しそうです。
佐賀県や茨木県などの一部の地方公共団体では、秋田犬、紀州犬、ドーベルマン、グレート・デンなどの犬種、体高が一定以上の大型犬などについて、条例で、特定犬とし、おりの中で飼養することを義務づけていることがあります。
このような条例がある地方公共団体で特定犬を飼っている場合に、おりの中で保管しておらず、その犬が逃走した結果、第三者に怪我をさせときには、飼い主は相当の注意を尽くしていなかったと判断されやすくなると思います。
自宅内のケージで飼育していたニシキヘビが自宅外に逸走したところ、突然現れたニシキヘビに第三者が驚いて転倒し怪我をした。
大きなヘビが突然現れた場合、驚いて転倒したりする人がいることは通常生じ得ますので、怪我は、動物によって生じたもの、つまり、動物の行動と転倒という結果に因果関係はあると思われます。
そこで、飼い主が「相当の注意」を尽くしていたかが問題となりそうです。
アミメニシキヘビなどのニシキヘビは特定動物ですから、原則としてペットとして飼えなくなりました。
もっとも、動物愛護管理法の改正が施行される前から都道府県知事又は政令指定都市の長の許可を得てニシキヘビをペットとして飼養していた場合には、引き続き飼養することができます。
このような場合、「相当の注意」を尽くしていたかについて、特定飼養施設の構造及び規模に関する基準の細目(平成18年1月20日環境省告示第21号)に定める基準を満たした施設で飼養していたかも重要な要素となると思います。
ニシキヘビは同基準の「水槽型施設等」で飼養しているケースが多いと思います。
その場合、保管態様として
- 土地その他の不動産に固定されている等容易に移動することができないものであること。ただし、屋外から隔離することができる室内に常置する場合にあっては、この限りでない。
- 特定動物の体力及び習性に応じた堅牢な構造であり、かつ、外部からの衝撃により容易に損壊しないものであること。
- 特定動物の出し入れ、給餌等に用いる開口部は、ふた、戸等で常時閉じることができるものであること。
- 開口部のふた、戸等には、特定動物の体が触れない場所に施錠設備が設けられていること。ただし、屋外から隔離することができる室内に常置する場合であって、施錠以外の方法で、特定動物が逸走できないよう開口部を封じることができる場合は、この限りでない。
- 開口部が閉じた状態であっても、外部から特定動物の状態を確認できるものであること。
- 空気孔又は給排水孔を設ける場合は、その孔が特定動物の逸走できない大きさ及び構造であること。
- 申請者が維持管理する権原を有していること。
という7つの条件をすべて満たしている必要があります。
例えば、ケージ開口部のふたに施錠をせずに、重石などを乗せて開口部を封じていた場合などでは、重石がふたの上からずれないものであったかやニシキヘビの大きさなどと比較して十分な重さであったかなどが問題となると思います。
刑事上の責任
ペットが第三者に怪我をさせてしまった場合の飼い主の民事上の責任については、上述したとおりです。それでは、刑事上ではどのような責任を負うのでしょうか。
ペットが第三者に怪我をさせてしまった場合は、飼い主に不注意があれば、過失傷害罪(刑法209条1項)、重過失傷害罪又は業務上過失傷害罪(刑法211条)が成立することがあります。過失傷害罪の法定刑は30万円以下の罰金又は科料、重過失傷害罪又は業務上過失傷害罪の法定刑は5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金となっています。
なお、過失傷害罪は親告罪となりますので、被害者の告訴がなければ検察官は公訴を提起することができません。
飼い主がこれらの刑事責任を問われないようにするためには、被害者の方と示談を成立させることが重要となります。
まとめ
飼い主には、ペットの種類や性質に応じた飼養管理が求められますし、事故が起こると民事上の責任を免れることは困難なことも多いです。
万が一、動物事故が起こってしまった、あるいは、動物事故の被害にあってしまった場合には、すみやかに弁護士に相談することをおすすめいたします。
弁護士 石堂 一仁
- 所属
- 大阪弁護士会
大阪弁護士会 財務委員会 (平成29年度~令和5年度副委員長)
大阪弁護士会 司法委員会(23条小委員会)
近畿弁護士会連合会 税務委員会 (平成31年度~令和5年度副委員長、令和6年度~委員長)
租税訴訟学会
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