無期転換申込権発生直前の雇止めの有効性
前回コラムでは雇止め法理について解説いたしましたが、有期労働契約者の雇止めへの不安を解消し、安定した雇用を確保できるよう、労働契約法上、無期転換ルールが定められています。
本コラムでは、無期転換申込権と、その発生回避のための雇止めについて解説いたします。
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無期転換申込権とは
有期労働契約の濫用的な利用を抑制し、労働者の雇用の安定を図ることを目的とし、「同一の使用者との間で、有期労働契約が更新され、通算で5年を超えた場合は、労働者の申込みにより、無期労働契約に転換する」とのルールが制定されました。この申込みができる労働者の権利を「無期転換申込権」といいます。
労働者が無期転換の申込みをすると、使用者がその申込みを承諾したものとみなされ、無期労働契約がその時点で成立します。なお、無期に転換されるのは、申込時の有期労働契約が終了する日の翌日からです。
同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
労働契約法18条1項
なお、通算契約期間のカウントは、平成25年4月1日以後に開始した有期労働契約が対象となっており、平成25年3月31日以前に開始した有期労働契約は、通算契約期間に含めません。
また、通算5年を超えて契約更新した労働者が、その契約期間中に無期転換の申込みをしなかったときは、次の更新以降でも無期転換の申込みができます。
この申込みは、口頭で行っても法律上は有効ですが、後日のトラブルを避けるためにも、書面での申込みをおすすめします。
無期転換の概要については、厚生労働省のポータルサイト「有期契約労働者の無期転換ポータルサイト」もご参照ください。
無期転換申込権発生直前の雇止め
上述のとおり、労働者が無期転換の申込みをすると、使用者が申込みを承諾したものとみなされ、無期労働契約がその時点で成立します。
そのため、無期転換権行使により無期労働契約に転換した労働者を解雇する場合には、解雇権濫用の法理が適用され、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合」には、権利濫用に該当するものとして解雇は無効となります。
なお、解雇権濫用の法理については、こちらのコラムをご参照ください。【コラムのURL】
また、有期労働契約終了前に雇用関係を終了させるために解雇する場合には、有期労働契約期間中の解雇として、「やむを得ない事由」がある場合でなければ解雇することはできません(労働契約法17条)。
そこで、もうすぐ5年経ちそうな労働者(無期転換申込権発生直前の労働者)に対して、無期転換申込権発生回避のために雇止めをした場合、その雇止めの有効性が問題となります。
この点、厚生労働省のポータルサイトには、次のように記載されています。
無期転換ルールの適用を意図的に避けることを目的として、無期転換申込権が発生する前に雇止めをすることは、労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではありません。また、有期契約の満了前に使用者が更新年限や更新回数の上限などを一方的に設けたとしても、雇止めをすることは許されない場合もありますので、慎重な対応が必要です。
無期転換申込権発生直前の雇止めに関する裁判例
学校法人信愛学園事件(横浜地方裁判所令和2年2月27日判決)
事件の概要
Yが経営する幼稚園において、1年間の有期契約を複数回更新しつつ園長を務めていたXが、Yから契約の更新拒絶をされたことについて、Yに対し、XとYとの契約は労働契約であり、更新拒絶には客観的合理性がなく無効である上、Xは期間の定めのない労働契約への転換の申込みをしたと主張して、労働契約に基づき、期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた事案です。
裁判所の判断
裁判所は、Xの勤務実態、支払われている報酬の性質及び当事者の認識からすれば、XとYとの間の契約の性質は、労働契約であったと認めるのが相当であるとして、XとYとの間の契約が準委任契約であったとの被告の主張を退けたうえで、本件更新拒絶の有効性について次のように判断しました。
- X採用時の理事会において、Xについては、これまでの慣例どおり定年と任期設定を設けないと決定されていたこと
- Xの契約は8回更新され通算9年に及ぶこと
- 本件幼稚園は平成27年4月1日に認定こども園に移行したところであり、Xは、園長として新しい制度に対応した取組を行っている最中であると考えられること
- 本件更新拒絶については、平成29年11月14日に予告もなく通告されたものであり、Xはそれまで平成30年度に向けて入園説明会や入園希望者面接を行い、職員の勤続意思確認の面接も行っていること
以上のことからすると、Xについては、労働契約法19条2号が定める「契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある場合」に該当するものと認められる。
そのうえで、本件更新拒絶については、客観的に合理的な理由が認められない。
そして、Xは、本件更新拒絶を通告されたときから一貫して反対の意思を表明しているから、労働契約法19条柱書にいう更新の申込みがあったものと認められ、同条項により、Yは従前の契約内容と同一の労働条件でこれを承諾したものとみなされる。
また、XとYとの労働契約は通算契約期間が5年を超えるものであるところ、XがYに対し期間の定めのない労働契約の締結を申し込んだことにより、Yはこれを承諾したものとみなされるから、XはYに対し期間の定めのない労働契約上の権利を有する地位にあることになる。
博報堂事件(福岡地方裁判所令和2年3月17日判決)
事件の概要
XがYとの間で、1年毎の有期雇用契約を締結し、これを29回にわたって更新、継続してきたところ、XY間の有期雇用契約は、労働契約法19条1号又は2号に該当し、YがXに対し、平成30年3月31日の雇用期間満了をもって雇止めしたことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、従前の有期雇用契約が更新によって継続している旨主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、本件雇止め後の賃金と賞与の支払をそれぞれ求めた事案です。
裁判所の判断
1.労働契約終了の合意の有無について
Xは平成25年から、平成30年3月31日以降に契約を更新しない旨が記載された雇用契約書に署名押印をしており、記載の意味内容についても十分理解していたと考えられる。
しかしながら、約30年にわたり雇用契約を更新してきたXにとって、Yとの有期雇用契約を終了させることは、生活面、社会的立場の変化等から負担も少なくないものと考えられるので、XとYとの間で雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり、Xの明確な意思が認められなければならない。
そのため、不更新条項が記載された雇用契約書に署名押印をしていたからといって、直ちにXが雇用契約を終了させる旨の明確な意思を表明したものとみることは相当ではなく、また、転職支援会社に登録をした事実があったとしても、本件雇用契約を終了させる旨の原告の意思が明らかであったとまでいうことはできない。
よって、本件雇用契約が合意によって終了したものと認めることはできない。
2.労働契約法19条1号又は2号該当性が認められるか
Yは、Xが新卒採用で入社して以降、平成25年まで、いわば形骸化したというべき契約更新を繰り返してきたものであり、この時点において、原告の契約更新に対する期待は相当に高いものがあったと認めるのが相当であり、その期待は合理的な理由に裏付けられたものというべきである。
また、Yは、平成25年以降、Xを含めて最長5年ルールの適用を徹底しているが、それも一定の例外が設けられているので、Xの契約更新に対する高い期待が大きく減殺される状況にあったということはできない。
そのため、Xの契約更新に対する期待は、労働契約法19条2号により保護されるべきものということができる。
3.本件雇止めにおける客観的に合理的な理由及び社会的相当性の有無
Yの主張する人件費の削減や業務効率の見直しの必要性というおよそ一般的な理由では本件雇止めの合理性を肯定するには不十分であると言わざるを得ず、Xのコミュニケーション能力の問題については、雇用を継続することが困難であるほどの重大なものとまでは認め難い。
なお、Xが転職支援サービスへ登録をしたり、転職のためパソコンのスキルを上げようとしていたことは、XがYとの雇用継続を希望しつつも、雇止めになる不安からそのような行動に出ることは十分あり得ることであって、信義に反するものということはできない。
よって、Xが本件雇用契約の契約期間が満了する平成30年3月31日までの間に更新の申込みをしたのに対し、Yが当該申込みを拒絶したことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことから、Yは従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなされる。
そして、Xは有期雇用契約の更新の申込みをする意思を表明しているといえるので、平成31年4月1日以降も、Yは従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で、Xによる有期雇用契約の更新の申込みを承諾したものとみなされる。
高知県公立大学事件(高知地方裁判所令和2年3月17日判決)
事件の概要
Yとの間で期間の定めのある労働契約を3回にわたり更新したXが、平成30年4月1日以降、Yが当該労働契約を更新しなかったことについて、労働契約法19条に基づき、当該労働契約が更新され、その後、通算契約期間が5年を超えたことから、同法18条1項に基づき、期間の定めのない労働契約に転換したなどと主張し、Yに対し、Xが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに同月分以降の賃金と賞与の支払を求めた事案です。
裁判所の判断
1.本件雇止めが無期労働契約の解雇と同視できる(労契法19条1号)といえるかについて
本件労働契約は、3回にわたり反復して更新されたことが認められる。また、本件労働契約締結時に交付された労働条件通知書には、契約更新が有り得ると明記されており、契約更新が前提とされていたと推認される。
しかしながら、本件労働契約は、Xが従事してきたプロジェクト期間中に更新されることはあり得るとしても、プロジェクト終了時までに終了することが予定されており、その点については、XY及び各関係者にとって共通認識であったというべきである。
したがって、本件労働契約は、当初から更新が予定されていたものの、最長でプロジェクト終了時までを契約期間として予定していた有期労働契約であるというべきであり、本件雇止めが無期労働契約に係る解雇の意思表示と同視できるとはいえない。よって、XY間の本件労働契約は労契法19条1号には該当しない。
2.契約更新の期待が合理的(労契法19条2号)といえるかについて
本件労働契約締結時において、Xは、本件労働契約自体の期間は5か月であるものの、契約期間満了時に更新され、プロジェクトが終了する平成31年3月31日まで雇用が継続されるという期待を抱いたものと認めることができる。そして、プログラムの性質上、プロジェクト自体が途中で終了するとは予想し難かったといえる。また、当時のYの学長の意向を踏まえて、後に学長となった副学長が、自ら、プログラムの責任者として、6年間の契約期間の提案を行ったこと等を考慮すれば、Yから招聘された立場にあった原告にとって、プロジェクトが終了するまで雇用が継続されると期待したことには、合理的な理由があるというべきである。
また、本件労働契約締結前は維持しようと考えていた神奈川の住居を引き払い、高知に生活の拠点を移したこと、実際にXY間でプロジェクトが実施されている期間中3回にわたって労働契約の更新が行われたこと、Xは主幹から、1年契約にするのか、当初約束していたプロジェクト終了までの2年契約にするのかを人事担当部署とプログラム責任者と相談の上、進めて行きたいとのメールを受け取ったこと、契約期間満了時点においてプロジェクトが翌年3月31日まで実施されることが決定しており、Xもこれを認識していたことからすれば、Xは、本件労働契約の契約期間が満了する時点において、労働契約が更新され、Yにおいて勤務を継続できる旨の期待を抱いていたと認めるのが相当である。
そして、実際にXの業務内容が極端に減少したといった事実は認定できないこと、主幹がプロジェクト中の雇用継続が可能である旨述べていたこと、6年間の契約期間の提案を行った副学長はプログラムの責任者であったこと、プロジェクトが途中で終了するとは考え難い事業であったこと等を考慮すれば、上記の期待は、合理的な理由があるというべきである。
3.本件雇止めの相当性(労契法19条柱書)について
整理解雇に準じて、Xを雇止めることに関して、雇止めを肯定すべき事情が全くないわけではないが、6年間のプロジェクトの存在を前提としていた本件労働契約について、プロジェクトが終了する1年前に、本件労働契約に関して、あえて雇止めをしなければならない、客観的な理由や社会通念上の相当性があったのかは疑問であり、X一人の雇用を1年継続したとしても、経理上深刻な問題が生じたとまではいい難いし、雇止め以外の方法が皆無であったともいい難いから、Yは否定するものの、その時期に鑑みれば、やはり、Yは、労契法18条1項による転換を強く意識していたものと推認できるというべきであり、Xに雇用契約が更新されるとの合理的な期待が認められるにもかかわらず、同条同項が適用される直前に雇止めをするという、法を潜脱するかのような雇止めを是認することはできない。
4.本件労働契約の無期労働契約への転換(労契法18条1項)について
Xは、本件労働契約の期間満了日前、Yに対し、本件労働契約の更新の申込みを行ったが、被告は原告に対し、当該申込みを拒絶したこと、本件労働契約は労契法19条1号には該当しないが同条2号に該当し、かつ、当該拒絶は社会通念上相当とは認められないことから、同条により、被告は、第3回更新後の本件労働契約の労働条件と同一の労働条件で、当該申込みを承諾したものとみなされる。
本件では、Xが、本件労働契約の期間満了日後、Yに対し、無期労働契約の締結を明示して申し込んだ事実は認められないが、XがYに対し明示的な申込みをしなかったのは本件雇止めを受けたためであること、Xは本件訴訟を提訴し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び本判決確定までの賃金支払等を請求しており、さらに、本件労働契約が無期労働契約に転換した旨の主張もしていることなどを考慮すれば、XがYに対し無期労働契約締結の申込みの意思表示を行ったと認めるのが相当である。
したがって、Yは、契約期間の定めを除く本件契約更新後の本件労働契約の労働条件と同一の労働条件で、上記申込みを承諾したものとみなされる。
グリーントラストうつのみや事件(宇都宮地方裁判所令和2年6月10日判決)
事件の概要
公益財団法人Yとの間で雇用期間を期間の定めのある労働契約を締結していたXが、その後4回にわたり更新を繰り返した後の平成29年4月1日に締結した期間の定めのある労働契約は労働契約法19条各号の要件を満たしており、かつ、YがXからの更新の申入れを拒絶することは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないから、被告は上記労働契約と同一の労働条件でこれを承諾したものとみなされ、かつ、同法18条1項により期間の定めのない労働契約に転換されたなどと主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認するとともに、賃金の支払を求めた事案です。
裁判所の判断
1.労働契約法19条1号の該当性
本件各労働契約は、Xを「非常勤嘱託員」として採用することを前提に締結されたものであること、宇都宮市非常勤嘱託員取扱要綱及び公益財団法人Y非常勤嘱託員取扱要領に従って雇用期間が定められていること、Yは内部決裁を行った上、辞令書や勤務条件通知書を作成し、ほぼ毎回、Xに交付していたこと、各辞令書には雇用期間が明記され、また、各勤務条件通知書中には、任用期間満了時の業務量、勤務成績・態度、能力、予算措置を総合的に判断して再任する場合がありうることが記載されていたことを考慮すると、契約締結時において雇用の更新継続が当然の前提とされていたものではない。
そうすると、本件労働契約は、「期間の定めのない労働契約と実質的に異ならない状態」にあったものと評価することはできず、労働契約法19条1号に該当しない。
2.労働契約法19条2号の該当性
Xの業務実態は、本件各労働契約締結のかなり早い段階から、非常勤としての臨時的なものから基幹的業務に関する常用的なものへと変容するとともに、その雇用期間の定めも、当初予定された3年間(更新を含む)を超えて継続している点で報酬財源確保の必要性というよりむしろ雇止めを容易にするだけの名目的なものになりつつあったとみるのが相当である上、本件各労働契約の各更新手続きそれ自体も実質的な審査はほとんど行われず、単にXの意向確認を行うだけの形式的なものに変じていたものといわざるを得ない。
そうすると、本件各労働契約における雇用期間の定めの意味や目的を考慮したとしても、なおXの雇用継続に対する期待を保護する必要は高いものというべきであるから、Xにおいて本件労働契約の満了時に同労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものというべきである。
よって、本件労働契約は、労働契約法19条2号に該当する。
3.本件雇止めが労働契約法19条柱書にいう「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」に当たるか
本件雇止めは、宇都宮市の財政支援団体であるYが労働契約法18条所定の期間の定めのない労働契約の締結申込権の発生を回避する目的で行われたものということができる。しかし、労働契約法18条所定の「通算契約期間」が経過し、労働者に無期労働契約の締結申込権が発生するまでは、使用者には労働契約を更新しない自由が認められているのであって、上記「通算契約期間」の定めは、使用者のかかる自由まで否定するものではない。そうすると、使用者が上記無期労働契約の締結申込権の発生を回避するため、上記「通算契約期間」内に当該有期労働契約の更新を拒絶したとしても、それ自体は格別不合理な行為ではない。
もっとも、本件雇止めは、人員整理的な雇止めとして実行されたものということができることから、整理解雇の法理が妥当するものというべきである。
Yは、財政援助団体である宇都宮市(人事課)からの指導を唯々諾々と受け入れ、本件の人員整理的な雇止めを実行したものであって、その決定過程において本件雇止めを回避するための努力はもとより、Xを被雇止め者として選定することやその手続の妥当性について何らかの検討を加えた形跡は全く認められないのであるから、これらの事情を合わせ考慮すると、人員整理を目的とした本件雇止めには、客観的な合理性はもとより社会的な相当性も認められない。
よって、本件雇止めは、労働契約法19条柱書にいう「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」に当たる。
弁護士 岡田 美彩
- 所属
- 大阪弁護士会
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