コラム

2022/05/16

【解決事例】定年退職の年齢を引き下げる就業規則の有効性を争った労働審判

事案の概要

 依頼者Xは、平成23年頃から、相手方会社Yで従業員として勤務していました。依頼者Xは、令和3年4月1日に60歳の誕生日を迎えましたが、その二週間後、相手方会社Yから定年に達したので定年退職するか、嘱託再雇用の希望をするかを選択してほしいとの内容の書面が送られてきました。
 相手方会社Yは、常時10名未満の労働者しか雇用していなかったので、もともと就業規則はありませんでしたが、定年を60歳とする就業規則を令和3年3月に導入したのです。
 依頼者Xは、当該就業規則の有効性を争い、労働審判を申立てました。

本件の争点

 本件における争点は、60歳定年制を定めた就業規則の有効性です。

当方の主張

 定年制が採用されていなかった労働契約において、就業規則によって、新たに定年制を採用する場合、それは労働契約の不利益変更であって、労働者の合意がなければならない(労働契約法9条類推適用)。

【参考裁判例】

  1. 福岡地小倉支判昭45.12.8判タ257.198合同タクシー事件(タクシー運転手について、55歳から50歳定年へ移行した就業規則の効果を否定)
  2. 大阪地決昭52.3.23労判279.56東香里病院事件(病院職員について、60歳定年の就業規則の新設を行ったが、その効果を否定)
  3. 神戸地判昭56.3.13労判363.58丸大運送店事件(貨物運送会社において、57歳定年の就業規則の新設を行ったが、その効果を否定

 本件において、依頼者Xは、就業規則の制定自体知らされておらず、もちろんその同意もしていなかったので、本件就業規則の効果は、依頼者Xには及ばない。
 また、嘱託再雇用制度も給与が35万円から16万円に減少されるものであり、代替措置として不十分である。

相手方の主張

 依頼者Xに就業規則制定の事前通知や個別の合意を得ていなかったことは事実であるが、定年制自体は会社の運営上必要な制度であるし、代替措置も設けているので就業規則は有効である。

労働審判の内容

 合計2回の労働審判期日の結果、依頼者Xは相手方会社Yを退職し、解決金として600万円の支払いを受けるという内容で調停(和解)が成立しました。解決金の理由としては、嘱託再雇用制度後の年収(192万円)の約3年分という形で収まりました。

コメント

 本件において、依頼者Xは、定年制が無効であることを前提に、相手方会社Yに職場復帰するか否か悩んでいましたが、労働審判を進めていくうちに、このような会社に戻ったとしても将来は明るくないと考え、退職前提で金銭の支払いを求める方向で解決する道を選びました。
 不当解雇のケースもでもいえることですが、解雇や定年退職自体を争いつつも、退職前提に金銭の支払いを受ける方向で解決することも少なくありません。
 紛争の係属中に方針を変更することも可能です。弊所では、状況に応じてご依頼者様に最善の解決方法を提案いたします。労働関係でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。

※本コラムは、プライバシー保護の観点から、依頼者Xの生年月日とそれに伴う就業規則の設定日を変更しております。

弁護士 白岩 健介

所属
大阪弁護士会
刑事弁護委員会
一般社団法人日本認知症資産相談士協会 代表理事

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