数次相続のための信託活用法
今、「民事信託」という将来の認知症、相続、資産運用等に備えることができる制度が注目されています。民事信託の活用事例をシリーズで紹介します。
ケース
Aさん(83歳)は、大阪府に複数の不動産を所有しています。その中には、Aさんが先祖代々受け継いできたものもあります。Aさんは、まずは、長男であるCさんに所有不動産を承継させたいと思っていますが、将来、直系親族以外の者に所有不動産が行き渡ってしまうことは避けたいと思っています。
そのため、Aさんは、Cさんが亡くなった後には、次男であるDさんの子のHさん又はIさんのどちらかに所有不動産を承継させたいと思っていますが、まだHさん、Iさんのどちらにするかは決めかねている状況です。
現状の問題点
何もしないまま、Aさんが亡くなってしまった場合、残された親族は、Aさんの遺産を巡り、遺産分割協議を行うことになります。この遺産分割協議は、Aさんの相続人であるBさん、Cさん、Dさんで行う必要があります。
遺産が現金だけならば、法定相続分に従って、簡単に分けることが出来ますが、ケースのように不動産がある場合は、その帰属や処分方法を巡って、相続争いが生じる可能性があります。
遺言の場合
Aさんは、事前に遺言書を作成しておくことが考えられます。遺言書を作成しておけば、遺産の承継先を事前に決めておくことが出来ます。しかし、遺言書では、Aさんの次の代の承継先しか定めておくことができません。例えば、Aさんが遺言書に、長男のCさんに先祖代々の不動産を相続させる旨記載したとしても、その後、Cさんが亡くなれば、Cさんの妻であるEさんと、Cさんの子であるGさんが、相続によってその不動産を取得することになります。
このように、Aさんが、次男の子であるHさん又はIさんに所有不動産を承継させる希望を持っていたとしても、遺言書では、その希望は果たせなくなってしまうのです。
民事信託の提案
そこで、遺言では達成することが出来ない数次相続を実現させるための手段として、民事信託が注目されています。
民事信託とは、資産を持っている人(委託者)が、信頼できる相手(受託者)に対し、資産を移転し、その受託者が特定の人(受益者)の為に、その資産(信託財産)を管理・処分することをいいます。
信頼できる人に財産を託します
上の図では、Aさんが先祖代々承継してきた不動産を信託財産として、委託者はAさん。当初受託者をCさん、第二次受託者をDさん。当初受益者をAさん、第二次受益者をBさん、Cさん、Dさん。帰属権利者をHさん又はIさんにしています。
信託契約は、裁判所の関与を受けることなく締結することが可能です。
なお、この信託契約も法律行為ですので、Aさんが認知症等により、判断能力がなくなってしまう前に契約を締結しておく必要があります。
民事信託で数次相続が実現可能に
- 民事信託の信託財産に不動産を組み入れた場合、受益者は、その不動産を使用する権利を有することができます。また、その不動産を第三者に賃貸している場合には、賃料収入を得る権利を有することができます。つまり、受益者は、その不動産を所有しているのと変わらない利益を受けることができるのです。
本件では、当初受益者をAさんとしていますので、信託契約締結後も、Aさんが亡くなるまでの間は、Aさんは従前と変わらず、当該不動産を使用する(又は賃料収入を得る)権利を有しています。
そして、Aさんが亡くなった場合、第二次受益者を、Cさん、Bさん、Dさんとしていますので、これらの人は、当該不動産を使用する(又は賃料収入を得る)権利をAさんから引き継ぐことになります。
このように、信託契約は、受益権を移転させることによって、遺言による承継(相続)と類似の関係を作ることができます。また、受益者は複数人を指定することが可能であり、その割合も自由に決めることができます。 - また、受託者の順位を定めることも可能です。まずは長男であるCさんに受託者をお願いし、Cさんに万一のことがあった場合は、次男であるDさんに引き継いでもらうことが出来ます。
- そして、信託契約の終了時期も自由に定めることが可能です。信託契約が終了した際、組み入れた信託財産は、帰属権利者が取得することになります。そして、本件では、Bさん、Cさん、Dさんのいずれもが亡くなった場合、信託を終了させ、その時点で、Aさんの所有不動産を受け継ぐにふさわしいHさん又はIさんを帰属権利者としておけば、「Aさん」→「Bさん、Cさん、Dさん」→「Hさん又はIさん」と数次相続をさせることが可能になります。
このように民事信託を活用すれば、遺言では実現することができない数次相続を実現させることが可能になります。
弁護士 白岩 健介
- 所属
- 大阪弁護士会
刑事弁護委員会
一般社団法人日本認知症資産相談士協会 代表理事
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