コラム

2021/10/04

事業承継トライアル信託 ~民事信託(家族信託)~

 今、「民事信託」という将来の認知症、相続、資産運用等に備えることができる制度が注目されています。民事信託の活用事例をシリーズで紹介します。

ケース 

 Aさん(69歳)は、大阪で株式会社a鉄工所という鉄工業を営んでいます。Aさんは、同社の代表取締役であり、100%株主でもあります

 Aさんは、自分の体力に限界を感じ、会社を引退することを検討しています。しかし、a鉄工所には12名の従業員がいるため、会社を廃業してしまうことには躊躇しています。Aさんの子どもは東京で全く別の会社に勤めているため、a鉄工所を引き継いでもらうことができません。

 そこで、Aさんは、第三者に対して会社を譲ることにしましたが、大切な会社と従業員なのでしっかりした人に引き継いでもらいたいと考えています。

 Bさん(50歳)は、大阪で株式会社b部品という自転車部品の販売業を営んでいます。Bさんは、同社の代表取締役であり、100%株主でもあります。

 b部品は、今まで自転車部品の製造を外注していましたが、販路拡大のため自社工場を作ることを検討していました。

 そのような折、知人のCさんからa鉄工所が廃業を検討しているそうだから事業承継してみてはどうか、と言われました。

 Bさんは、興味はありましたが、会社の事業承継などしたことがなかったので上手くいくか不安に感じています。

事業承継の前提知識

 株式会社の事業承継は、株式又は事業そのものを譲渡することによって行います。

 事業承継は、親族間だけではなく、会社関係者以外の第三者とも行うことができ、M&Aと呼ばれることもあります。

現状の問題点(何もしないリスク) 

 通常の事業承継(M&A)は、一度きりの取引であり、やり直しができません。

 そのため、弁護士や会計士等に依頼して、デューデリジェンスという手続きを行い、会社に不正な取引実績がないか簿外債務がないか等を調査し、適正な売買価格を算出します。このデューデリジェンスは、専門家に依頼するため、費用が高額になることが多いです。

 もっとも、このような手続きを経て、適正な売買価格を算出して事業承継を行ったとしても、新社長と旧従業員の折り合いが合わず、結果として、事業承継が満足いく結果にならなかったというケースも少なくありません。

 以上のような問題点があるため、中小企業では、第三者との間の事業承継が活発に行われているとはいえません。

事業承継トライアル信託の提案

 事業承継トライアル信託とは、民事信託の制度を利用した事業承継の方法です。

 民事信託とは、資産を持っている人(委託者)が、信頼できる相手(受託者)に対し、資産を移転し、その受託者が特定の人(受益者)の為に、その資産(信託財産)を管理・処分することをいいます。また、信託が終了した際、信託財産の承継を受ける人を帰属権利者といいます。


 上の図では、委託者兼受益者をAさん、信託財産を株式会社a鉄工所株式、受託者をBさん、帰属権利者をBさん又はAさんとし、信託期間(トライアル期間)を1年とします。簡単に言えば、1年間の猶予期間を設け、AさんとBさんで事業承継を行うか否か、互いにチェックし合う契約といえます。

 Bさんは、a鉄工所の株式の受託者(株主)になって、適正に同社株式を管理します。そして、信託期間中にAさんと共に会社の運営に関与しながら、a鉄工所の業績や仕事内容を見定め、学ぶことができます。

 対して、Aさんも、信託期間中にBさんの経営者としての能力を評価することができます。

 そして、信託期間を経た後に、AさんBさん共に事業承継を行いたいと思った場合、帰属権利者をBさんとして、Bさんにa鉄工所の株式を承継させます。この時、BさんはAさんに対し、帰属権利を行使する条件として、株式の対価をAさんに支払います。

 反対に、事業承継は望ましくないとの判断に至った場合には、帰属権利者をAさんとして、Bさんが預かっていた株式をAさんに戻します。

 以上のような事業承継トライアル信託には、大きく3つのメリットがあります。

  1. 委託者は信託期間中に受託者が会社を引き継ぐにふさわしいか見定めることができる。
  2. 受託者は初めての業種でも信託期間中にじっくりと学ぶことができる。
  3. 受託者が会社に入って自らの目で業績等を見定めることができるので、高額なデューデリジェンスを避けることができる。

弁護士 白岩 健介

所属
大阪弁護士会
刑事弁護委員会
一般社団法人日本認知症資産相談士協会 代表理事

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