不貞行為による慰謝料請求の基礎知識 ~その4~
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慰謝料を請求されたら
不倫(不貞)行為に基づく慰謝料を支払え、と不倫相手の配偶者(またはその代理人弁護士)から請求が届いた場合、どのように対処すべきでしょうか。
不貞行為をしてしまった場合には、交際相手の配偶者に対して慰謝料の支払義務を負うことになりますが、場合によっては、慰謝料の減額・免除が可能なケースもあります。
以下では、不貞行為の慰謝料を請求された場合の、ケース別における一般的な対処方法について解説していきます。
不倫をしていない場合
そもそも不倫をしていない場合、不貞の事実がない、との反論をすることができます。
「不貞」とは、配偶者以外の人と肉体関係を持つこと、あるいは、それに近い関係を結ぶことです。
そもそも、不貞をしたとされる人と肉体関係を持ったことがなく、肉体関係を結ぶような関係でもない場合には、親しい関係であっても、法的な責任を負う「不貞」にはあたりません。
男女2人で食事に行ったら浮気、メールやラインを頻繁にしていたら浮気と考えられる方もいると思いますが、それだけでは慰謝料を支払う義務は生じないのです。
したがって、不倫しているとされる相手方と肉体関係を持ったことがないのであれば、不貞がないことを主張して、慰謝料の支払を拒絶することが考えられます。
相手が既婚者だと知らなかった場合
結婚している人と肉体関係を持ったけれど、相手が結婚しているとは知らなかった場合、「故意、過失がない」として、損害賠償責任が否定されることがあります。
不貞行為による慰謝料請求の基礎知識~その3~で解説したとおり、不法行為に基づく損害賠償請求をするためには、「故意又は過失」が必要です。
したがって、結婚している人だとは知らなかったし、知りえなかった、つまり、故意及び過失がなかったのであれば、慰謝料を支払う義務はありません。
そのため、相手が既婚者と知らなかった場合は、そのことを理由に、慰謝料の支払を拒絶することが考えられます。
もっとも、自分としては本当に知らなかったとしても、様々な事情から知るべきであった、つまり、過失があったと評価されることがあり得ます。
そこで、知らなかったということを示すためには、知らなかったとしてもやむをえないといえるだけの事実と証拠を収集し、それらを適切に評価した上で、説得的に示すことが必要です。
過失を否定した裁判例
日本料理店の接客をしていた妻が不倫をした事案では、同僚ですら夫がいるとは知らず、深夜3時まで店舗に残って家族がいるような素振りをみせなかったといった事実を認定した上で、不倫相手において夫の存在を知らず、知らなかったこともやむをえないとしたものがあります。
婚姻関係が既に破綻している場合
不法行為が成立するためには、法律上保護される利益を侵害することが必要です。
不貞行為を理由として慰謝料請求する場合における法的に保護される利益とは、夫婦関係を維持していく利益であると理解されています。
したがって、肉体関係を持った時点において既に夫婦関係が破綻していている場合には、そのような夫婦関係を維持していく利益は存在せず、侵害される法律上保護される利益がない、ということになります。
そのため、交際相手の婚姻関係が既に破綻している場合は、そのことを理由に、慰謝料の支払を拒絶することが考えられます。
もっとも、婚姻関係が破綻しているといえるかどうかはケースバイケースですので、この主張をするか否かは、慎重に検討する必要があります。
婚姻関係が破綻している場合の判断基準
婚姻関係の破綻とは、婚姻関係が修復不可能な状態に立ち入っていることをいいますが、婚姻関係の破綻を判断する際には、以下の事情を総合的に考慮することになります。
- 別居の有無
- 別居期間
- 会話や食事をしない状態(いわゆる家庭内別居)の有無
- 家庭内別居の期間
- 夫婦間における性交渉の有無
- お互いの生活への関心の有無
- 家計が一緒かどうか
- 婚姻を継続する意思の有無
婚姻関係の破綻を認めた裁判例
不貞行為の時点において、具体的に離婚の話がでていたケース、家庭内別居状態が続いていたが世間体のみを理由に婚姻関係を継続していたケース、不貞が発覚したのに不貞相手との関係を解消させずに放置したケース等において、婚姻関係の破綻を認めているものがあります。
婚姻関係が破綻していると信じていた場合
婚姻関係が破綻している場合、上述のとおり、法律上保護される利益がなく、不法行為は成立しません。
そして、不法行為が成立するためには、故意・過失が必要となるため、法律上保護される利益がないと信じた(=婚姻関係が破綻していると信じた)ことについて、故意・過失がない場合は、不法行為は成立しません。
そのため、交際相手の婚姻関係が破綻していると信じており、かつそのように信じたことについて故意・過失がない場合は、故意・過失がないことを理由に、慰謝料の支払を拒絶することが考えられます。
もっとも、不倫相手の「もう夫(妻)とは夫婦関係が破綻している」との言葉だけを信じて肉体関係をもった場合、故意・過失を否定するのは困難です。
このような主張を行うにあたっては、「もう夫(妻)とは夫婦関係が破綻している」との言葉を裏付ける客観的・具体的な事実があるか、またその事実を裏付ける証拠があるかを慎重に検討すべきでしょう。
慰謝料が高額にすぎる場合
慰謝料の相場は、個別具体的な事情にもよりますが、おおよそ50万円~300万円とされており、500万円を越える慰謝料請求が認められるケースは極めて少ないとされています。
したがって、300万円を越える慰謝料、とりわけ500万円を越える慰謝料を請求されている場合には、高額にすぎる請求であるとして、いくらかの減額を図ることが考えられます。
時効が完成している場合
不法行為に基づく損害賠償請求は、「損害及び加害者を知ったとき」から3年、「不法行為のとき」から20年で消滅時効にかかります(民法724条)。
消滅時効とは、一定の期間の経過により、権利が消滅する制度です。
そして、不貞行為に基づく慰謝料請求の場合における「損害及び加害者を知ったとき」とは、「不貞の事実とその相手方を知ったとき」であると理解されています。
したがって、不倫(不貞)の事実とその相手方とを、他方の結婚相手が知り、かつそのときから3年が経過しているときは、慰謝料請求権が時効によって消滅しているとして、支払いを拒むことができます。
そのため、3年以上前の不貞行為を理由として慰謝料を請求されている場合は、時効の主張を行うことができるか否かを検討しましょう。
もっとも、時効が完成していたにもかかわらず、「支払う」などと言ってしまった場合には、債務を承認したこととなり、時効の主張をすることができなくなってしまいますので、注意が必要です。
交際相手が既に配偶者に慰謝料を支払っている場合
不倫をした結婚相手と不倫相手とは、不倫をされた配偶者に対して、共同不法行為に基づき、連帯して、慰謝料を支払う義務があるとされています。
連帯して義務を負うというのは、不倫をされた側からみれば、不倫をした結婚相手と不倫相手いずれにも慰謝料全額の支払いを求めることができるという意味であり、不倫をした側からみれば、どちらも全額の支払い義務を負うということです。
この場合において、不倫をした結婚相手か不倫相手いずれか一方が、不倫をされた結婚相手に対して、慰謝料の支払いをしている場合、既に義務を履行しているとして、慰謝料の支払いを免れることができます。
慰謝料が全額支払われている場合
不倫が発覚して既に離婚しており、離婚に伴い、不貞に対する慰謝料相当額が全額支払われているケースなどでは、不倫をした結婚相手が既に支払義務を履行しているので、不倫相手が、改めて慰謝料を支払う必要はありません。
慰謝料が一部支払われている場合
慰謝料のうち一部が支払われている場合では、支払われた分だけ支払うべき額が減少します。
たとえば、200万円の慰謝料請求権が発生している場合で、不倫をした結婚相手が100万円を支払ったときは、支払うべき額は100万円に減少します。
そのため、特に不倫が発覚して離婚が成立している場合などには、慰謝料が既に支払済みなのではないか、という点を検討してみるとよいでしょう。
弁護士 田中 彩
- 所属
- 大阪弁護士会
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