認知症対策の新常識 〜民事信託(家族信託)〜
民事信託の活用事例をシリーズで紹介します。
目 次 [close]
ケース
Aさんは、現在83歳で、大阪府に居住しています。
Aさんは、収益物件(アパート)を3棟所有しています。Aさんの妻は、2年前に他界し、Aさんは自宅で一人暮らしをしています。
Aさんには2人の子供がおり、長男のBさんは大阪で、長女のCさんは東京で暮らしています。
Aさんは今のところ収益物件の管理を自ら行っています。
Aさんの兄が最近認知症になってしまい、自分にも万一のことがあったら、どうしたらいいのか、と不安に感じています。
Aさんの自宅とBさんの自宅は車で20分程であり、Bさんは事実上、Aさんの収益物件の管理の手伝いをしています。
AさんとBさんは、今のうちに認知症の対策ができないか、何か良い資産運用の方法はないか、と考えています。
現状の問題点(認知症対策を行わないリスク)
何もしないまま、Aさんが認知症になってしまったら、Aさんは収益物件の管理・処分をすることが出来なくなってしまいます。
管理・処分とは、具体的には空き部屋の新たな賃貸借契約、既存契約者との契約の更新・解約、賃料交渉、賃料回収、建物の修繕・改築、金融機関からの借入、抵当権の設定、建物の売却等です。これらは、法律行為と呼ばれ、判断能力がなければ行うことができません。
そこで、本人が認知症等になった後も、本人の意向を反映して財産管理をするため、民事信託(信託契約)という制度が注目されています。
民事信託とは
民事信託とは、資産を持っている人(委託者)が、信頼できる相手(受託者)に対し、資産を移転し、その受託者が特定の人(受益者)の為に、その資産(信託財産)を管理・運用・処分することをいいます。
上の図では、Aさんを委託者兼受益者、Bさんを受託者、収益物件を信託財産とする信託契約を締結しています。契約の当事者はAさんとBさんです。契約によって効力が発生するので裁判所の関与はありません。
なお、この信託契約も法律行為ですので、Aさんが認知症になる前に契約を締結しておく必要があります。
このような信託契約を締結すると、信託財産である収益物件の所有権がAさんからBさんに移転します。なお、売却や贈与によって所有権が移転したわけではありませんので、この時点で所得税や贈与税が課さられるわけではありません。
工夫次第でさまざまな要望を実現することが可能です
受託者は、信託の目的を達成するために必要な行為をすることができます。
信託の目的は、委託者であるAさんが自由に決定することが出来ます。
上記のケースでは、Aさんが認知症になってしまった後も、収益物件を円滑に管理・運用することがAさんの望みです。
信託契約では、このようなAさんの望みを達成することを信託の目的として設定すること、その目的を達成するために、収益物件の管理・運用・処分をBさんが行うことができるとの内容にすることが可能です。
その結果、Bさんは、信託契約の効力によって、当初のAさんの希望通り、収益物件について、空き部屋の新たな賃貸借契約、既存契約者との契約の更新・解約、賃料交渉、賃料回収、建物の修繕・改築、金融機関からの借入、抵当権の設定、物件の売却等ができるようになります。
委託者が認知症になった場合の信託契約の効力
委託者が認知症になってしまっても信託契約の効力は続きます。
つまり、Aさんが認知症になり意思能力を喪失したとしても、信託契約の効力によって、Bさんが収益物件の管理等を行うことができるのです。
賃料収入・経費の取扱い
収益物件から得られた賃料収入については、Aさんが受益者なので、Aさんのものになります。Bさんは、賃料収入を管理して必要経費を控除したうえで、Aさんに残額を交付することになります。
受託者の報酬
Bさんは、Aさんの為に収益物件の管理等を行いますので、AさんはBさんに対し、信託報酬を支払うこととすることができます。
もちろん、親族間の契約ですので無報酬としてもかまいません。
遺言の代わりにもなります
また、最終的にAさんが亡くなった後、信託財産を引き継ぐ者(帰属権利者)をBさんに定めておけば、Bさんは収益物件を承継することができます。(Bさん以外の人を帰属権利者に設定することも可能です。)
まとめ
このように、民事信託を利用すれば、認知症対策と相続対策を一緒に行うことが可能であり、認知症対策の新常識として活用が期待されています。
今回紹介したケースは、民事信託の基本的な利用方法です。このほか、民事信託は工夫次第で様々な使い方が可能です。次回以降も様々なケースを紹介します。
弁護士 白岩 健介
- 所属
- 大阪弁護士会
刑事弁護委員会
一般社団法人日本認知症資産相談士協会 代表理事
この弁護士について詳しく見る