スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメント⑶
スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントの問題は、比較的近年になってクローズアップされてきた問題であり、メディア等でも多く取り上げられています。
スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメント⑴では、スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントの背景、意義、具体例等を、スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメント⑵では、スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントを受けた際の相談窓口の紹介、同セクシャルハラスメントの判断基準及び法的責任について解説いたしました。
本コラムでは、スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントに関し、裁判例、日本スポーツ仲裁機構の仲裁事例を紹介いたします。
目 次 [close]
刑事責任の裁判例
スポーツ指導の場においてセクシャルハラスメントが行われた場合、刑事責任を負う可能性があります。具体的には、不同意性交等罪、不同意わいせつ罪、名誉棄損罪、侮辱罪等が考えられます。
水戸地土浦支判平成28年3月23日
事案の概要
中学校の教諭でバレーボール部の顧問をしていた被告人Xが、約2年余にわたって同部に所属していた女子生徒7名に対し、部活動中等に、学校施設内で腹部や大腿部等の地肌に直接触れる、下着内に手指を差し入れて陰部等をもてあそぶ等の行為をしていたという事案です。
判決の趣旨
Xが指導者としての立場を利用し、教育現場である学校内で、マッサージをするかのように装ってわいせつ行為をしたことは、大胆かつ卑劣で悪質性の高い犯行であって、2年余りにわたって、同様のわいせつ行為を繰り返してきたことは常習的であると判断しました。また、当時13歳から17歳と成長過程の多感な年齢の被害者らが、部の顧問教諭として信頼していたXからわいせつ行為を受けたことにより被った精神的衝撃は非常に大きいと判断し、旧強制わいせつ罪の成立を認めました。
秋田地判平成25年2月20日
事案の概要
被告人Xは県立高校教諭として運動部の顧問兼監督を務めており、被害者は同部に所属する女子部員4名でした。Xは監督就任後3年目でインターハイに同部を出場させるなどし、部員全体はこれをXによる指導の結果と認識していました。被害者らは、Xの指示は徹底しなければならないなどの意識が強く、このような関係のもとでXは、部活動に伴う宿泊中ないし練習中において、わいせつな行為をした事案です。
判決の趣旨
わいせつ行為が行われたのは、いずれも部活動に伴う宿泊中ないしは練習中のような、被告人の被害者らに対する影響力が及び得る状況の下で行われたものでした。また、被害者らと被告人の間に、恋愛感情などが存在するなどの積極的事情がないにもかかわらず、被害者らがXのわいせつ行為を抵抗もなく甘受したのは、被害者らがXに逆らうことはできないという心理状態にあったと推認できると判断しました。結果、被害者らは心理的に抵抗することが著しく困難な状況であったとして、旧準強制わいせつ罪の成立を認めました。
民事責任の裁判例
スポーツ指導の場においてセクシャルハラスメントが行われた場合、民事責任を負う可能性もあります。具体的には、損害賠償責任の事案が多くなります。
この点、被害者の取り得る法律構成としては、主として以下が考えられます。
- 加害者やその管理者(学校、団体や組織)に対する不法行為責任や使用者責任の追及
- 加害者やその管理者と被害者との間に契約関係がある場合には、安全配慮義務違反としての債務不履行責任の追及
- 加害者が公立学校などの教員である場合には、国家賠償法に基づく損害賠償責任の追及
熊本地裁平性9年6月25日
事案の概要
原告Xは、実業団のバドミントン部に所属していた女性であり、被告Yは、市議会議員であったほか、県バドミントン協会、市バドミントン協会の役員の地位にあった男性です。
XはYに食事を誘われ、2人で食事をしましたが、食事後ホテルの部屋に連れ込まれ、性関係を強いられました。Xは、その後もYの要求を拒めば自分のバドミントン選手としての将来が閉ざされるおそれがあると思い、やむなくYとの性関係を続けました。
Xは、Yとの関係が原因で、恋人と別れ、バドミントン部を辞め、最終的に会社を退社しました。
その後Xは、Yによる強姦とその後の性関係の強要により精神的苦痛を受けたとして、Yに対し500万円の損害賠償を請求した事案です。
判決の趣旨
Yの行為は、刑法上の強姦又はこれに準じる行為というべきものであること、Xとの性関係はYが意識するとしないとにかかわらず、Xに対し、結婚したい等と甘言を弄し、あるいは自らの社会的地位と影響力を背景とし、Yの意向に逆らえば選手生命を絶たれるかもしれないと思わせる関係の中において、形成され維持されたものであるから、結局、Xは、Yから強姦又はこれに準じる行為によって辱められた上、その後も継続的に性関係を強要されたのであり、Yによって性的な自由を奪われたということができ、しかも、これが原因で恋人と別れた上、バドミントン部を辞め、会社も退職するに至ったのであり、多大の精神的苦痛を被ったといわなければならない、Yは、Xに性関係の強要を続けたことの自覚がなく、これに対する反省の情が窺われないといわざるを得ないなどと判断し、慰謝料300万円の支払いを命じました。
スポーツ仲裁機構の事例
スポーツ仲裁機構とは
スポーツ仲裁機構については、下記のコラムを御覧ください。

仲裁機構の判断(JSAA-AP-2020-003)
事案の概要
知的障害者の卓球の統括団体である被申立人が、申立人が練習中に指導者として一人の女性選手の課題を克服するために、2回ほど、女性選手のラケットを握る右手と右肘に数秒触れ、ラケットの動きを調整する等し、また、右膝で踏ん張れるように、2回ほど、シューズの上から右足のつま先を動かして、足の位置を調整し、右膝に1度数秒触れ、膝の向きを調整する等した行為がセクシャルハラスメントに当たるとして行った指導の懲戒処分について、申立人が取消しを求めた事案です。
仲裁判断
スポーツ仲裁機構は、セクシャルハラスメントに該当するというためには、
- 当該行為が競技者等の意に反するものであったこと
- 当該行為が性的な性質を有するものであること
- 一定の不利益や環境悪化を伴うものであること
が必要であるとしました。
そして、今回の事案を精査すると、①について、被申立人から提出されている証拠や資料からは、本件選手が申立人による身体接触での練習において不快感を示したり嫌悪感を抱いたり、当該行為が本件選手の意に反するものであったことが十分に証明されているとはいい難いとしました。
②について、 悪意がなくても、選手の身体に接触して指導をすることは、本人の感じ方にもよるがセクシュアル・ハラスメントになる可能性があることは事実である。また、たとえ1回限りの身体接触や短時間の行為であっても、セクシュアル・ハラスメントというべき場合はあり得る。しかしながら、申立人の行為は、国際大会の練習会場という大勢の人がいる中で、しかも極めて限られた時間(約30分の練習時間中、1回数秒でせいぜい数回程度)での指導に必要な最小限度の身体接触に過ぎず、性的性質を有する行為と認定することは困難であるとしました。もっとも、本件選手が障がい者であることから、その障がいの特性や被害経験などから、特に過敏であった可能性は否定できないが、その旨の主張立証はなされていない。また、練習や指導目的でも、繰り返し性的に嫌悪感を抱かせる指導が行われるような場合には、性的性質を有する行為と認定すべき場合もあり得るが、少なくとも申立人に関し、本件以外に(本件選手、その他の選手を問わず)セクシュアル・ハラスメントの疑いがあった事実も存在しないと認定しました。
さらに、③についても、本件選手の申立人に対する主要な不満は、指導方針やミーティングの時間の長さなどにあり、意に反する身体接触で競技環境が悪化したり一定の不利益を被ったという事実についても、提出された証拠からは十分な証明がなされていないとしました。
そして、被申立人が申立人に対して行った懲戒処分を取り消すとの判断を行いました。
最後に
今回は、スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントに関し、裁判例、日本スポーツ仲裁機構の仲裁事例について紹介しました。
これらの事例からもわかるとおり、指導者によるセクシャルハラスメントは決して許されるものではありません。
スポーツ界の健全な発展のためには、当該団体(部活動、クラブチーム等)の指導者、関係者等において、指導方法がセクシャルハラスメントに該当していないかどうかを改めて確認する必要があります。また、選手、保護者等においても、セクシャルハラスメント行為を容認してはいけません。
スポーツ指導の場におけるセクシャルハラスメントでお悩みの方はご相談ください。

弁護士 有本 圭佑
- 所属
- 大阪弁護士会
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