コラム

2025/03/03

スポーツ事故における競技者の責任

 スポーツ活動は心身のリフレッシュや健康維持に有効ではありますが、一方で、ほぼすべてのスポーツに生命及び身体に対する危険性が伴います。スポーツに関する事故のニュースは跡を絶ちません。

 本コラムでは、スポーツに関わる競技者が被害者である個人に傷害を負わせた、または死亡させた場合をスポーツ事故として、スポーツ事故が発生した際に、競技者が負う可能性のある法的責任について解説します。

スポーツ事故における競技者の法的責任

 スポーツ事故が発生した際に、競技者は被害者にも加害者にもなり得ます。競技者がスポーツ事故における加害者となった場合、競技者が負う可能性がある法的責任としては①民事責任、②刑事責任があります。

①民事責任

 スポーツ事故における民事責任として考えられる代表的なものは、以下の2種類があります。

  • 不法行為に基づく損害賠償責任(民法709条)
  • 債務不履行による損害賠償責任(民法415条)

 このうち、債務不履行による損害賠償責任は、スポーツに参加する競技者同士に何らかの契約関係が存在していることはあまり考えられません。そのため、本コラムでは、不法行為における損害賠償責任に焦点を絞って解説いたします。

 民法709条における不法行為責任の要件は以下になります。

  1. 被害者の権利または法律上保護される利益を加害者が侵害したこと
  2. 加害行為が加害者の故意または過失によるものであること
  3. 損害の発生
  4. 損害と加害行為との間に因果関係があること
  5. 加害行為が違法であること

②刑事責任

 スポーツ事故が以下のような犯罪に該当する場合、競技者には刑事責任が生じる可能性があります。

  • 傷害罪(刑法204条)
     人の身体を傷害することによって成立します。15年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科せられます。
  • 傷害致死罪(刑法205条)
     身体を傷害し、よって人を死亡させることによって成立します。3年以上の有期懲役が科せられます。
  • 業務上過失致傷罪(刑法211条前段)
     業務上必要な注意を怠り、よって人を傷害させることによって成立します。5年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金が科せられます。
  • 業務上過失致死罪(刑法211条前段)
     業務上必要な注意を怠り、よって人を死亡させることによって成立します。5年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金が科せられます。

 判例上、「業務」とは、「各人が社会生活上の地位に基づき反復継続して行う事務で、かつ他人の生命・身体に危害を加えるおそれのあるもの」とされています(最判昭和33年4月18日)。

故意、過失

 競技者が民事上や刑事上の責任を問われる場合には、加害者である競技者に「故意」または「過失」があったことが前提となり、「故意」とはそれぞれ以下のことを指します。

  • 刑事責任:犯罪が成立するための構成要件に該当する事実の認識・認容があること
  • 民事責任:結果の発生を認識しながらそれを容認して行為する意思

 スポーツ事故において、競技者が意図的に第三者に傷害を与えるケースは少なく、「故意」が問題になることは多くありません。

 そのため、通常、スポーツ事故では民事責任、刑事責任ともに「過失」の有無が問題になります。「過失」とは、注意義務違反のことをいい、具体的な注意義務違反(過失)が認められるためには、予見可能性や回避可能性を前提とした予見義務違反、回避義務違反が要求されます。

違法性阻却事由

 スポーツ事故において、競技者の加害行為が刑事責任の要件に該当する場合であっても、それが正当行為(刑法35条)に該当する場合は違法性が阻却され、責任を問われることはありません。また、民事上の責任についても、正当業務行為は違法性がなくなると考えられます。

法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

刑法35条

 スポーツ事故における違法性阻却事由としては、以下の2点の法理が考えられます。

  • 被害者の承諾
  • 危険の引受け

「被害者の承諾」の法理

 「被害者の承諾」の法理とは、被害者の承諾(同意)による行為は違法性が阻却されるというものです。加害者のあらゆる行為について、違法性が阻却されるわけではありませんが、スポーツ事故における違法性阻却事由として、被害者の承諾による行為が認められるには以下が必要と考えられています。

  1. スポーツの目的であること
  2. ルールを守って行われていること
  3. 相手方の同意があること 

 例えば、ボクシングの場合、当然相手のパンチを受けることは想定されています。パンチを受けた競技者は傷害を受ける結果を承諾していることになり、パンチをした競技者は民事責任も刑事責任も負わなくなります。

「危険の引受け」の法理

 「危険の引受け」の法理とは、被害者が他人の危険行為の実行によって自己の法益に危険が生じることを認識しながら、自らの意志で危険行為に参加する場合、加害者の不注意等から結果が発生した場合であっても、違法性が阻却されるというものです。

 例えば、ラグビーやアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツなどでは特に、競技者は試合中に怪我が生じる危険性があることを認識して競技に臨んでいます。そのため、加害競技者の行為が通常の競技の範囲内で行われた場合、民事責任および刑事責任を負わないと考えられます。

 もっとも、実際に危険の引受け法理が適用されるか否かは、個別具体的な事案によるため、類似の裁判例を検討することが重要です。

不法行為責任における過失の有無の判断基準

 スポーツ事故において、加害競技者に不法行為責任が認められるためには、上述のとおり故意・過失が必要となりますが、過失について、裁判では、以下に例示するような諸般の事情を考慮して、個別具体的事案にごとに判断されています。

  • スポーツの種類・性質(個人競技か団体競技か、格闘技か球技か等)
  • 競技者の属性(性別、年齢、体格差、経験の有無)
  • 施設の構造
  • 競技性が強いか、親睦性が強いか

最判平成7年3月10日

事件の概要

 北海道のスキー場で滑走していた主婦Xが、大学生Yと衝突して転倒した結果、左腓骨骨折、脛骨高原骨折、頭部打撲等の傷害を負い、約3か月の入院治療を要したとして、不法行為による損害賠償として550万円余の支払を請求した事案です。

 事故の態様は、Xが大きな弧を描きながら滑降していたところに、上方からXよりも速い速度で滑降して来たYと接触したものです。なお、X、Yともにスキーは上級者でした。

 一、二審は、Yが本件事故発生の時点で下方を滑降していたXを発見し得た可能性は否定できないとしましたが、事故の際のYの滑走方法がルールやスキー場の規則に違反するとの証拠はなく、Yが他の滑走者に危険が及ぶことを承知の上で暴走していたとか、危険な滑走方法を採っていたとの事情は認められないから、本件事故の発生につきYに責任はないとして、Xの請求を棄却していました

裁判所の判断

 スキー場において上方から滑降する者は、前方を注視し、下方を滑降している者の動静に注意して、その者との接触ないし衝突を回避することができるように速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務を負うものというべきところ、前記事実によれば、本件事故現場は急斜面ではなく、本件事故当時、下方を見通すことができたというのであるから、被上告人は、上告人との接触を避けるための措置を採り得る時間的余裕をもって、下方を滑降している上告人を発見することができ、本件事故を回避することができたというべきである。被上告人には前記注意義務を怠った過失があり、上告人が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。

最後に

 以上のとおり、スポーツは心身の健全な発展を促す一方で、競技の特性上、事故のリスクを避けることは困難です。競技者が事故の加害者となった場合、民事・刑事の責任を問われる可能性があり、その判断には競技の性質や具体的な状況が考慮されます。

 もっとも、スポーツにおいては「被害者の承諾」や「危険の引受け」といった法理が適用される場合もあり、一概にすべての事故が法的責任を伴うわけではありません。過去の裁判例を踏まえつつ、個々の事案ごとに慎重な判断が求められます。

 スポーツ事故で加害責任を問われている、または被害を受けたなどの場合は、一度ご相談いただければ幸いです。

弁護士 有本 圭佑

所属
大阪弁護士会

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