コラム

2024/12/09

出向が違法とならないように会社が気をつけるべきこと

 出向は、日本の労働慣行でよくある人材交流の方法であり、出向命令権が会社に認められているかぎり、労働者は正当な理由なく拒否することはできません。

 しかし、出向は、相当長期間の間、元の会社に戻れないと予想されるうえ、労働条件が不利益に変更されることもあります。そのため、違法、不当な出向命令であれば、労働者はその出向を拒否することができます。

 本コラムでは、出向が違法とならないよう会社が気をつけるべきポイントについて解説いたします。

出向とは

 出向は、労働者が出向元の企業に在籍したまま、子会社やグループ会社など出向先の企業で相当長期間にわたって勤務することをいいます。

 労働時間や休日などの労務提供に関するルールは、基本的に出向先のものが適用されますが、賃金や賞与、退職金などの待遇に関しては、出向元と出向先との合意で決まります。

 出向の目的はケースによってさまざまですが、多くの場合、以下のような会社側の都合でおこなわれます。

  • 雇用調整
  • 越境学習によるキャリア形成支援
  • 企業間の人材交流
  • 出向先の事業支援

出向と転籍の違い

 出向と似た手続きとして「転籍」があり、転籍のことを「転籍出向」、出向のことを「在籍出向」ということもあります。

 転籍の場合、労働者は現在勤めている企業と結んでいた労働契約を解除し、転籍先の企業と新たに労働契約を結びます。

 そのため、労働者に適用される就業規則などのルールは、全て転籍先のものになります。

労働者に出向を命じる際の注意点

 出向命令を出すことは労働者の業務内容や生活環境に大きな変化をもたらします。

 労働者に出向を命じたとしても、以下のような場合は、その出向が違法、または、不当と判断される可能性があるので、会社は注意しなければなりません。

  1. 出向命令権がないのに命じられた出向
  2. 出向命令権の濫用となる出向

①出向命令権がないのに命じられた出向

 出向を業務命令として労働者に命じるには、少なくとも就業規則ないし労働協約に出向に関する規定が設けられていることが必要となります。

 もっとも、一概に出向に関する規定が設けられていればそれで足りるというわけではありません。

 就業規則に単に「業務の都合により必要がある場合には、社員に配転を命じることがある」旨の配転命令権の包括的な定めがあるだけで、出向先の労働条件・処遇、出向期間、復帰条件等が定められていなかった事案で、出向命令が法的根拠を欠き、無効であるとしたもの(日本レストランシステム事件・大阪高裁平成17年1月25日判決)があります。

 裁判所は、出向元と出向先の関係の密度、出向により労働者の給付すべき義務の内容の変更の程度などを勘案しながら、どの程度の出向に関する規定があればよいかを事案ごとに判断していると思われます。

 なお、出向命令に関する根拠規定がある場合には、出向についての労働者の個別同意はなくとも、事前の包括的同意があったとされます。

②出向命令権の濫用となる出向

 命令に関して、労働契約法には次のように規定されています。

 使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。

労働契約法14条

 このように、出向命令について「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」であったとしても、「当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。」と定められており、出向命令が権利の濫用に当たるか否かは、以下の事情を考慮して判断されます。

  1. 出向を行うことの業務上の必要性
  2. 対象労働者の人選基準の合理性
  3. 労働者が出向によって被る、生活関係や労働条件などにおける不利益の有無やその程度、出向に至る手続の相当性
  4. 違法・不当な動機・目的の有無

労働者による出向命令の拒否

 出向命令に対し「納得できない」と思う労働者も想定されます。では、出向命令に納得できない場合、労働者は出向を拒否できるのでしょうか。

 出向命令を拒否することは、業務命令に従わないということになります。

 そして、業務命令はそれが使用者によって有効になされたものである限り、労働者は労働契約に基づき従う義務があるため、原則として、出向命令を拒否することはできません。

 しかし、法的には拒否できないとしても、会社の都合で一方的に出向を命令すると、労働者から、出向命令の無効の確認などの裁判をされるおそれもあります。

 そのため、会社としては、労働者に対して、誠意をもった対応が必要となります。

 また、就業規則ないし労働協約に出向義務に関する直接の規定がない場合や、出向命令権の濫用にあたる場合には、労働者は出向命令を拒否することができることになります。

出向命令を拒否した労働者への懲戒処分

 出向命令が正当であり、労働者の事情も考慮されているにも関わらず、出向命令を拒否する労働者に対して、使用者から懲戒処分をすることはできるのでしょうか。

 上述のとおり、出向命令を拒否することは業務命令に違反にあたります。

 そのため、出向命令を拒否したときに懲戒処分の対象となることについて就業規則に規定されていれば、正当な理由なく出向命令を拒否することは懲戒処分の対象となる可能性があります。

 しかし、出向命令を拒否したからといって、労働者と話し合いもせずに懲戒解雇処分等の重い処分を下すと、使用者による懲戒処分権の濫用として、労働者から懲戒処分の有効性を争われるおそれがありますので、懲戒処分をする際には、慎重な検討が必要です。

 なお、懲戒処分については下記のコラムをご参照ください。

懲戒処分
 会社の規律を破り秩序を乱すような行動を取る従業員がいた際には、社内の秩序維持のために懲戒処分をせざるを得ないこともあるでしょう。  本コラムでは、懲戒処分の種.....

過去の裁判例

新日本製鐵事件(最高裁平成15年4月18日判決)

事件の概要

 製鐵会社であるY社は経営の合理化を図る必要があり、一部の業務を関連企業に委託することになりました。Y社の就業規則には、Y社の業務上の必要により社外勤務をさせることがある旨の規定があり、また、労働協約である社外勤務規定には、社外勤務を出向と派遣とに分け、①出向期間は原則3年以内とすること、②業務上の必要により期間延長があり得ること、③出向期間は勤続年数に通算されること、④出向中の勤務時間等は勤続年数に通算されること、⑤出向先での給与額がY社の給与額に満たないときは、その差額をY社が支給すること等が定められていました。

 Xらは、出向先である協力会社Aに赴任しましたが、Xらの出向は計3回延長されたため、Xらは、本件出向命令は無効であるとして訴えを提起しました。

裁判所の判断

 ①本件各出向命令は、Y社が一定の業務を協力会社であるA社に業務委託することに伴い、委託される業務に従事していたXらにいわゆる在籍出向を命ずるものであること、②Xらの入社時及び本件各出向命令発令時のY社の就業規則には、「会社は従業員に対し業務上の必要によって社外勤務をさせることがある。」という規定があること、③Xらに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が設けられていること、という事情がある。

 以上のような事情の下においては、Y社は、Xらに対し、その個別的同意なしに、Y社の従業員としての地位を維持しながら出向先であるA社においてその指揮監督の下に労務を提供することを命ずる本件各出向命令を発令することができるというべきである。

リコー出向事件(東京地裁平成25年11月12日判決)

事件の概要

 Y社は、Y社及び国内のグループ会社で1600人程度の希望退職者を応募する旨を発表し、X1、X2はそれぞれ本件希望退職に応じるよう勧奨されましたが、いずれもこれを断りました。

 その後、Y社はXらに対し、Y社の子会社であるA社への出向を命じました。

 Xらは、本件出向命令は出向命令権の濫用として無効であるなどと主張して、Y社に対し、①出向先において勤務する労働契約上の義務が存在しないことの確認、②退職強要行為または退職に追い込むような精神的圧迫の差止め、③労働契約上の信義誠実義務違反および不法行為に基づく損害賠償請求として、各220万円と遅延損害金の支払いを求めて提訴しました。

争点

  1. 出向命令権の根拠の有無
  2. 出向命令の権利濫用該当性
  3. 原告らの損害賠償請求の可否

裁判所の判断

争点1(出向命令権の根拠の有無)について

 Y社の就業規則には、業務の都合等により社員の能力や適性に応じた異動(出向を含む。)を命ずる場合がある旨の定めがあり、国内の関連会社の出向に関する規定である国内派遣社員規定にも、出向先における労働条件及び処遇について配慮する内容の規定が設けられている。加えて、XらとY社との労働契約において、職種や職務内容に関し特段の限定がないこと、Xらは、Y社に入社するに際して、就業規則その他服務に関する諸規則を遵守すること、業務上の異動、転勤及び関係会社間異動の命令に従うこと等を約束する誓約書を差し入れていること、国内派遣社員規定及び関連会社管理規定において、A社が出向先として予定された企業であることが具体的に明記されていること等も併せ鑑みれば、本件では、労働者の個別の同意に代わる明確かつ合理的な根拠があるというべきである。

 したがって、本件出向命令には法律上の根拠があるというべきであり、Y社は、Xらに対し,A社への出向を命じる出向命令権があるというべきである。

争点2(本件出向命令の権利濫用該当性)について

 本件出向命令は、事業内製化による固定費の削減を目的とするものとはいい難く、人選の合理性(対象人数、人選基準、人選目的等)を認めることもできない。したがって、Xらの人選基準の一つとされた人事評価の是非を検討するまでもなく、本件出向命令は、人事権の濫用として無効というほかない。

争点3(原告らの損害賠償請求の可否)について

 本件出向命令の内容及び発令に至る経緯、A社における業務内容は、Xらにとって身体的、精神的負担の大きいものであることは否定できない。

 しかし、A社自体、半世紀近くの歴史を持つ会社であり、事務機器の製造、販売及び保守を基盤事業とするY社グループの事業を支える主要会社の一つである。Xらが行う業務は、A社における基幹業務であること、就業場所も東京又は神奈川であり、Xらの自宅からは通勤圏内であること、本件出向命令後、Xらの人事上の職位及び賃金額に変化はないこと、結果として事業内製化の一端を担っていること等も併せ鑑みれば、本件出向命令が不法行為にあたるとはいえない。

弁護士 岡田 美彩

所属
大阪弁護士会

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