親権喪失の手続について
民法では児童虐待から子どもを守るために親権制限制度が設けられており、平成24年4月施行の改正法により、親権停止制度が新設されました。
親権喪失制度とは、期限の定めなく、親権者から親権を失わせる制度です。
虐待がある場合など、事態が深刻なとき、子どもやその親族、児童相談所長などの請求により、家庭裁判所は親権喪失の審判をすることができます。
親権喪失の審判を受けた親権者は、審判が取り消されない限りは親権を行使することができなくなります。
本コラムでは、親権喪失について、手続きの流れなどについて解説いたします。
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親権とは
親権とは、子どもと一緒に生活して子どもを育てたり、子どもの財産を管理したりするために、その父母に認められる権利や義務のことをいいます。
親権は、大きく分けると、身上監護権と財産管理権になります。
身上監護権
身上監護権とは、子どもと一緒に生活をして子どもの身の回りの世話(監護)をしたり、教育をしたりするための権利義務です。
民法に、具体的な子の監護・教育の内容が定められています。
- 監護教育権(民法820条)
親権者が子どもの身の回りの世話をする、教育をする権利 - 居所指定権(民法822条)
親権者が子どもの住まいを指定する権利 - 職業許可権(民法832条)
親権者が子どもが職に就くことを許可する権利
財産管理権
財産管理権とは、子どもの財産を管理し、かつ、子どもの財産に関する法律行為を代理で行う権利義務です(民法824条)。
なお、養子縁組や氏の変更など、身分に関わる行為については、法律に定めがあるもののみ親権者が代理で行うことができます。
親権喪失とは
親権喪失とは、期限の定めなく、親権者から親権を失わせる制度です。
親権は、子どもの利益のために行使されなければなりませんが、親権者が虐待や育児放棄をしている場合など、親権の行使が困難又は不適切なときは、子どもの利益を守るために親権を制限する必要があります。
親権喪失は、「親権の行使が著しく困難又は不適切で子どもの利益が著しく害されるとき」という深刻・重大な事態の場合に、審判(家庭裁判所の決定)によって親権を制限する制度です。
親権喪失の審判を受けた親権者は、審判が取り消されない限りは親権を行使することができなくなります。
父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、二年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りでない。
民法834条(親権喪失の審判)
手続きの流れ
親権者の親権を喪失させるには、家庭裁判所に対して親権喪失の審判を申し立てる必要があります。
- 申立権者
・子(意思能力を有している場合)
・子の親族
・未成年後見人
・未成年後見監督人
・検察官
・児童相談所長 - 管轄裁判所
子の住所地を管轄する家庭裁判所 - 収入印紙
子1人につき800円 - 予納郵券
申立を行う家庭裁判所により取扱金額や内訳が異なるため、管轄の裁判所にお問い合わせください。 - 添付書類
①子及び親権者の戸籍謄本
②子との関係を疎明する資料
③申立理由を疎明する資料
なお、審判の確定までに子の利益のために必要がある場合には、審判前の保全処分の申立が可能となっており、保全処分が容認された場合には、仮に当該親権者の親権が停止され、その旨が子の本籍地の市区町村長に通知されます。
審判手続においては、事実認定に際して、子、および子の親権者の陳述を聴取し、下記の要素の有無について審理を行います。
- 親権者による虐待や悪意の遺棄があること
・親権者が子どもに暴力をふるっている
・親権者が子どもに食事を与えない
・親権者が子どもを学校に行かせないなど - 親権者による親権の行使が著しく困難または不適当であること
・親権者が重度の精神病にかかっており育児を継続できない
・親権者が薬物中毒・アルコール中毒である
・親権者が服役中であるなど - 上記の①、②の原因が2年以内に消滅する見込みがないこと
審判確定後の流れ
親権停止の審判が確定すると、その旨が子どもの戸籍に記載されます。
共同親権者の一方が親権喪失の審判を受けたときには、他方の親が単独親権を行使することとなります。対して、親権者である父母双方が親権を喪失した場合や、離婚して親権者が1人だった状態で親権を喪失した場合には、親権者がいなくなってしまいます。
このような場合には、家庭裁判所が「未成年後見人」を選任し、選任された未成年後見人が子どもの財産管理や身上監護を行います。
なお、親権喪失の審判が確定した後でも、親権喪失の原因が消滅したときには、家庭裁判所は、本人またはその親族の請求によって、親権喪失の審判を取り消すことができるとされています。
第834条本文、第834条の2第1項又は前条に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人又はその親族の請求によって、それぞれ親権喪失、親権停止又は管理権喪失の審判を取り消すことができる。
民法836条(親権喪失、親権停止又は管理権喪失の審判の取消し)
過去の裁判例
親権喪失申立却下審判に対する抗告事件(大阪高裁令和元年5月27日決定)
事件の概要
未成年者は、出生後乳児院に預けられ、一度は両親に引き取られましたが、父親の飲酒の上での暴力から逃れるため児童養護施設で生活していました。その後両親は、未成年者の親権者を父親と定めて協議離婚しましたが、児童相談所長から、民法834条に基づき親権喪失の審判が求められたという事案です。
原審では、未成年者については、①親権者による不適切な監護養育から切り離されて保護されており、親権者による不当な引取要求に対しても児童福祉法28条に基づく入所措置または入所措置更新により対応することができること、②児童虐待防止法において親権者による面会通信や接近を禁止できると規定されていることから、親権者の未成年者に対する親権を喪失・停止させる必要があるのは、児童福祉法28条に基づく各措置、あるいは面会通信や接近の禁止によっては未成年者の保護を図れない特段の事情がある場合に限定されるとして申立てが却下されました。
裁判所の判断
本件親権者は、かねてから飲酒や暴力をやめることができず、窃盗でも逮捕勾留されて罰金刑を受けたりして、長きにわたり経済的に安定した生活を営むことができないでいる。そのため、未成年者は、出生以来ほとんどの期間を乳児院や児童養護施設において過ごしてきた。他方、未成年者と本件親権者の同居期間はわずか約1年7か月程度にすぎず、未成年者の健全な成育は、施設での生活がなければ、望むべくもないものであった。本件親権者が、従前、未成年者の監護、養育に関し、親権者としての責任を果たしたと評価できるような事情を見い出すことは困難である。
また、本件親権者は、抗告人による度重なる指導にも従わず、自身の生活態度を改めることなく、就労状況は極めて不安定で、断酒にも応じていない。その結果、未成年者が健全に成育するための養育環境を用意できない状況が長らく続いている。そして、本件親権者は、これまで酒気を帯びて児童養護施設を訪れることがほとんどであり、未成年者との面会を求めることを繰り返してきた。また、本件親権者は、未成年者と外出した際、帰園を拒んだことがあり、未成年者の登下校の際に、未成年者を連れ去るおそれなしとしない。
しかも、本件親権者は、これまでに何度も配偶者に暴力をふるい、女性に対する性暴力を振るって服役したこともある。このような、本件親権者が未成年者と同居すると、将来、未成年者に対して暴力を振るうおそれなしとしない。
以上のとおり、本件親権者は、これまでの間、通常、未成年の子の養育に必要な措置をとっておらず、本件親権者には、養育、監護の実績はほとんどない。その上、本件親権者は、アルコール依存の程度が高く、配偶者に対する暴力を含め、その暴力傾向が強いのであって、親権者の適格性の観点からも、親権喪失の一事情となり得る。このように、本件親権者は、その親権の行使の方法において適切を欠く程度が著しく高く、その親権を行使させると、子の健全な成育のために著しく不適当である。
そして、上記のような本件親権者の状況は、抗告人のこれまでの指導をもってしても、2年程度では改善を望めず、2年以内に本件親権者の親権を喪失させるべき原因が消滅するとも考えられない。
弁護士 田中 彩
- 所属
- 大阪弁護士会
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