セクシュアルハラスメント(セクハラ)
様々なハラスメントの防止が叫ばれる中、性的な嫌がらせを指す「セクシュアルハラスメント(セクハラ)」は長らく問題とされてきました。
従業員が働きやすい職場づくりを目指すうえで、セクハラを未然に防止することは重要です。
本コラムでは、セクハラの定義や、その類型、法的責任について解説いたします。
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セクハラの定義
セクハラとは、職場において行われる性的な言動で、他の者を不快にさせるものをいいます。
セクハラについては、男女雇用機会均等法11条1項に、次のとおり定められています。
事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
男女雇用機会均等法11条1項
セクハラの要件
男女雇用機会均等法11条1項の記載より、セクハラには以下の要件があることが考えられます。
- 職場
- 労働者
- 性的言動
①「職場」とは
「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指します。
そのため、労働者が通常就業している場所だけでなく、出張先、業務で使用する車中、取引先の事務所など、労働者が業務を遂行する場所であれば「職場」に含まれます。
なお、勤務時間外の「宴会」や「懇親の場」などであっても、職務との関連性や参加が任意か強制か等の事情を踏まえて実質的に職務の延長と考えられる場合は、「職場」に該当すると考えられます。
②「労働者」とは
「労働者」とは、正規雇用労働者だけではなく、アルバイト従業員、パートタイム従業員、契約社員なども含まれます。
また、派遣労働者に対しても、自ら雇用する労働者と同様に措置を講ずる必要があります。
③「性的な言動」とは
「性的な言動」とは、「性的な内容の発言」および「性的な行動」のことをいいます。
- 性的な言動の具体例
・性的な事実関係を尋ねること
・性的な内容の情報(噂)を流布すること
・性的な冗談やからかい
・食事やデートへの執拗な誘い
・個人的な性的体験を話すこと - 性的な行動の具体例
・性的な関係を強要すること
・必要なく身体へ接触すること
・わいせつ図画を配布・掲示すること
・強制(不同意)わいせつ行為
なお、職場におけるセクハラは、相手の性的指向(※1)や性自認(※2)にかかわらず、該当することがあり得ます。
※1性的指向…人の恋愛・性愛がどのような性別を対象とするか
※2性自認…性別に関する自己認識
セクハラの判断基準
セクハラの状況は多様であり、判断に当たっては個別の状況を考慮することになりますが、「労働者の意に反する性的な言動」及び「就業環境を害される」の判断にあたっては、労働者の主観を重視しつつも、事業主の防止のための措置義務の対象となることから、一定の客観性が必要となると考えられています。
また、男女の認識の違いにより生じている面があることから、被害を受けた労働者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、被害を受けた労働者が男性である場合には「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適切であると考えられています。
セクハラの種類
職場におけるセクハラは、大きく分けて以下の2つの類型があります。
- 対価型セクシャルハラスメント
- 環境型セクシャルハラスメント
①対価型セクシャルハラスメント
労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応(拒否や抵抗)により、その労働者が解雇、降格、減給、労働契約の更新拒否、昇進・昇格の対象からの除外、客観的に見て不利益な配置転換などの不利益を受けることです。
②環境型セクシャルハラスメント
労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなどその労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることです。
セクハラにより生じる法的責任
セクハラの当事者である加害者のみならず、会社も法的責任を負う可能性があります。
加害者の法的責任
セクハラの加害者は、民事上の不法行為責任として、被害者に対して慰謝料などの損害賠償をしなければならない場合があります。
また、セクハラ行為の態様によっては、刑事責任を負う場合もあります。
なお、社内的な責任として、会社から処分を受ける可能性もあります。
民事責任
加害者の行為について不法行為(民法709条)が成立する場合、被害者は加害者に対して損害賠償を請求することができます。
損害の算定に当たっては、大きく慰謝料、積極損害、その他の消極損害の3つの損害の種類ごとに判断されます。
- 慰謝料
慰謝料額の算定に当たっては、行為者の地位(代表者・上司等)、行為態様、被害を受けた期間、被害の深刻さ(PTSDなどの精神疾患の発症等)、解雇・退職に至ったか否かなど諸般の事情が考慮されます。
- 積極損害
積極損害とは、当該セクハラ行為によって支出することとなった、実費のことで、治療費、通院の際の交通費などが当たります。
- 消極損害
消極損害は、当該セクハラ行為がなければ被害者が将来得られるはずだった利益の喪失をいいます。具体的には、セクハラ行為を原因として被害者が会社を休んだ場合には休業損害が、セクハラ行為により会社を退職せざるをえなくなった場合には失業による逸失利益が損害として認められる可能性があります。
刑事責任
セクハラの内容によって、以下のような犯罪が成立する可能性があります。
- 不同意わいせつ罪(刑法176条)
- 不同意性交等罪(刑法177条)
- 名誉毀損(刑法230条)
- 侮辱罪(刑法231条)
- 軽犯罪法違反
懲戒処分
セクハラ行為が、会社の懲戒事由に該当すると判断された場合には懲戒処分を受ける可能性があります。
セクハラの程度が軽微であり、改善の余地があると思われる場合には、戒告・けん責・減給などの軽い懲戒処分となる可能性もありますが、セクハラの態様が悪質な犯罪に該当する場合には、懲戒解雇処分となる可能性もあります。
懲戒処分については、こちらのコラムをご参照ください。
使用者の法的責任
セクハラについては、男女雇用機会均等法11条において、使用者のセクハラ防止措置義務が定められています。
さらに、使用者は民事上の責任として「債務不履行責任」や「使用者責任」を問われ、損害賠償請求を受ける可能性があります。
債務不履行責任
使用者は、労働契約上、労働者に対する安全配慮義務を負っています(労働契約法5条)。
使用者がセクハラを放置するなど適切な対処を怠り、それにより労働者が心身の健康を害した場合には、安全配慮義務の一内容としての「職場環境配慮義務」違反として債務不履行となり、被害者たる労働者に対する損害賠償責任(民法第415条)が認められる可能性があります。
また、男女雇用機会均等法11条において、次のとおり、職場においてセクハラが発生しないよう、雇用管理上の措置をとるべきことが義務付けられています。
事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
2 事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
3 事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる第一項の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない。
(以下省略)
男女雇用機会均等法11条 職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等
(1項省略)
2 事業主は、性的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。
3 事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、性的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。
4 労働者は、性的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第一項の措置に協力するように努めなければならない。
男女雇用機会均等法11条の2 職場における性的な言動に起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務
また、使用者がセクハラを防ぐために行うべき具体的対策については、厚生労働省が定める「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」と呼ばれるガイドラインに次のとおり記載されています。
- 職場におけるセクハラの内容及び職場でセクハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
- 職場におけるセクハラに係る性的な言動を行った者については、厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。
- 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること。
- 相談窓口の担当者が、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。
- セクハラ事案にかかる事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
- 職場におけるセクハラが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと。
- 職場におけるセクハラが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと。
- 職場におけるセクハラが生じた事実が確認できた場合においては、改めて職場におけるセクハラに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた措置を講ずること。
- 相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。
- 相談者がセクハラの相談等を行ったことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。
使用者がこれらの義務を果たさなかった場合、職場環境配慮義務違反となり、被害者に対して、慰謝料などの損害賠償義務を負う可能性があります。
使用者責任
使用者は、雇用している労働者が職務遂行中に第三者(自社で雇用する他の労働者を含みます。)に損害を与えた場合、その被害者に対して損害賠償責任を負います。
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
民法第715条1項
この「第三者」には、自社で雇用する他の労働者を含むため、職場においてセクハラが生じた場合、会社は使用者として使用者責任を負うことになり、セクハラ被害者に慰謝料などを賠償しなければならなくなります。
なお、使用者責任に基づいて被害者に対して慰謝料を支払った場合、会社から加害者に対して求償権を行使することは可能です(民法715条3項)。
ただし、会社から加害者に対する求償権の行使は、事業の性格、規模、施設の状況、加害者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らして、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に限られるとされています(最高裁昭和51年7月8日判決)。
過去の裁判例
東京地裁令和4年1月17日判決
事件の概要
Xが、職場の上司であるYから、飲食等に執拗に誘う、ホテルの一室で添い寝を要求するなどのセクハラ行為を繰り返し受けたことにより、精神的苦痛を被ってうつ状態、適応障害にり患したとして、Yに対し、不法行為に基づき、治療費、休業損害、慰謝料等の損害賠償金の支払を求めた事案です。
裁判所の判断
Yは、Xの意に反することを知りながら飲酒を伴う夕食に誘うことを繰り返し、それにとどまらず、Xに対する性的関心を示す言動に度々及び、しかも発言から身体的接触へと次第に態度をエスカレートさせ、性的関係を結ぶことを示唆する言動にまで及んだ。このようなYの一連の行為は、Xに対するセクハラ行為にほかならない。
加えて、Yは、B社からシステム開発を受注した元請会社であるA社の従業員として、本件職場においてC社等の下請とともに取り組んでいたシステム開発の現場を指揮監督する立場にあり、Xに本件職場を紹介した者であり、他方、当時のXは、Yから紹介を受けてC社との間で本件業務委託契約を締結して本件職場における勤務を開始した直後であり、Yの秘書のような業務に従事していたものである(上記前提事実(1))。そのような両者の関係や本件職場における地位からすると、Yは、本件職場においてXとの関係で圧倒的に優位な立場にあり、Xは、Yからの指示や誘いを断りにくい状況にあったといえる。現に、Xは、Yの言動についての悩みを打ち明けていた知人から、Yの発言を録音しておき、毅然とした対応をするよう勧められたのに対し、「あまり言いすぎると私が職を失いかねないから」と答えており、念願の転職を実現した直後の時期に、Yに反発することによって失職等の不利益な取扱いを受けることをおそれていたのは明らかである。Yは、上記のような圧倒的に優位な職務上の立場を利用して一連の行為に及んだものと認められ、相当に悪質なセクハラ行為ということができる。
以上によれば、Yには、上記のセクハラ行為につき、Xに対する不法行為が成立するものといえる。
※なお、この裁判では、セクハラ行為に対する慰謝料(100万円)や休業損害などを合わせて、合計324万9389円及びこれに対する遅延損害金の支払が認められています。
大阪地裁令和2年2月21日判決(労判1233号66頁)
事件の概要
Y社の従業員であったXが、Y社での業務従事中に上司であるY2から海外出張中に宿泊予定のホテルに向かうタクシー内で愛人となるよう求める発言を複数回されたり、到着したホテルにおいて、別室を希望する被害者の意向を拒み、一時的であれ同室で過ごすことをやむを得ない状況に置き、更に入室後には早々にシャワーを浴びるという行動に出るなどのセクハラに該当する行為を受けた後、Xは就労不能となり退職を余儀なくされたなどと主張して、Yらに対し、慰謝料等の損害賠償金の支払を求めた事案です。
裁判所の判断
Y2が、Xに対し、宿泊予定のホテルに向かうタクシー内で、愛人となるよう求める発言を複数回行ったことは、それ自体、セクハラ行為に該当するものである。加えて、Y2は、到着したホテルにおいて、別室を希望するXの意向を拒み、一時的であれ同室で過ごすことをやむを得ない状況に置き、更に入室後には早々にシャワーを浴びるという行動に出ているのであり、これらのY2による言動及び対応は、Xに対し、意に沿わない性的関係等を要求される危惧を抱かせるものであったと認められる。Y2において、このことの認識を持ち得なかった特段の事情がないことも併せ鑑みれば、以上のY2の一連の言動及び対応は、全体として、Xに対する違法なセクハラ行為となると評価するのが相当である。
Y2は、本件当時、Y社の代表取締役を退いており、役員等の立場にもなかったが、理事長等と呼称されて、Y社及びそのグループ会社の業務に携わっていたのであり、現に、Y2は、Xを指揮監督し、Y社やそのグループ会社に関する秘書業務や営業業務に従事させていたのであるから、Y2は、Y社が事業のために使用する被用者に当たると認めるのが相当である。そして、ローマ出張は放射能シェルターの提携先調査等を予定したものであるところ、Y2のセクハラ行為は、その業務と密接に関連する同出張における移動中のタクシー及び宿泊予定のホテルでなされており、Y社の業務の執行につきなされたものと認められる。
したがって、Y社は、Y2による上記セクハラ行為につき、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償責任を負う。
また、Y社は、Xからのセクハラ被害申告に対し、使用者として採るべき事実関係の調査や出社確保のための方策を怠ったものとして、X主張の職場環境整備義務に違反したと認めるのが相当である。
※なお、この裁判では、セクハラ行為に対する慰謝料(50万円)や職場環境整備義務違反に係る逸失利益などを合わせて、合計224万5406円及びこれに対する遅延損害金の支払が認められています。
弁護士 岡田 美彩
- 所属
- 大阪弁護士会
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