コラム

2024/08/26

パワーハラスメント

 近年、パワーハラスメント(パワハラ)は増加傾向にあると言われ、社会問題となっています。

 令和2年6月1日にいわゆるパワハラ防止法が施行されるなど(ただし、中小企業については令和4年3月31日までは努力義務、令和4年4月1日から義務化)、パワハラについての会社に対する規制は強化されてきています。

 本コラムでは、パワハラについて解説いたします。

パワハラの定義

 以下の3つの要素をすべて満たすものがパワハラと判断されます。

  1. 優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること
  2. 業務の適正な範囲を超えて行われること
  3. 精神的・身体的苦痛を与えること、又は就業環境を害すること

優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること

 「優越的な関係」とは、肩書や職位における上下関係だけでなく、専門性や経験、学歴などさまざまな要素における関係が該当し得ます。

 また、同僚や部下からの行為であっても、集団による行為であって、これに抵抗又は拒絶することが困難であるものについては、パワハラと認定されることがあります。

業務の適正な範囲を超えて行われること

 「業務上必要かつ相当な範囲を超えている」とは、社会通念に照らし、明らかに業務上必要性がない、又はその態様が相当でない行為のことをいいます。

精神的・身体的苦痛を与えること、又は就業環境を害すること

 「就業環境を害すること」とは、当該行為を受けた者の職場環境が不快なものとなったため、職場での能力の発揮を阻害される等、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることをいいます。

 なお、「精神的・身体的な苦痛を与える」又は「就業環境を害する」といえるか否かについては、平均的な労働者の感じ方を基準として判断されます。

パワハラの6類型

 具体的にパワハラとはどのようなものがあるでしょうか。大きく分けると以下の6つに分けられます。

  • 身体的な攻撃
  • 精神的な攻撃
  • 人間関係からの切り離し
  • 過大な要求
  • 過小な要求
  • 個の侵害

身体的な攻撃

 身体的な攻撃とは、殴る・蹴る・突き飛ばすなどの暴力行為のことです。

【具体例】

・書類で頭をたたく

・殴ったり、蹴ったりする

・物を投げつける

精神的な攻撃

 脅迫や名誉毀損、侮辱、酷い暴言などが精神的な攻撃となります。

【具体例】

・人格を否定するような罵詈雑言を繰り返し行う

・業務に関することで、必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行う

・他の労働者の前で大声で叱責したり、土下座をさせたりする

・相手を罵倒・侮辱するような内容のメール等を複数の労働者宛てに送信する

人間関係からの切り離し

 無視・隔離・仲間はずれにするなど、人間関係から切り離す行為です。

【具体例】

・特定の労働者を仕事から外し、長期間にわたり別室に隔離したり、自宅研修させたりする

・1人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させる

過大な要求

 業務上明らかに不要なことや達成不可能なノルマを課すことです。

【具体例】

・新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責する

・労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせる

過小な要求

 業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないことです。

【具体例】

・管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる

・嫌がらせのためにあえて仕事を与えない

個の侵害

 プライベートな内容に過剰に踏み入っていく行為です。なお、侵害の内容によっては、セクハラに該当する可能性もあります。

【具体例】

・労働者を職場内外で継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりする

・労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露する

パワハラにより生じる法的責任

 パワハラが行われた場合、加害者のみならず、使用者も法的責任を負う可能性があります。

加害者の民事責任

 パワハラにより被害者が損害を被った場合、加害者は不法行為による損害賠償責任(民法709条)を負います。

使用者の民事責任

 令和2年6月1日に改正労働施策総合推進法(以下、「パワハラ防止法」といいます。)が施行され、大企業のパワハラ防止措置が義務化されました。中小企業についても、令和4年4月1日から義務化されています。

 パワハラ防止法は、主な措置として、次のことを求めています。

①事業主の方針の明確化と周知・啓発

②相談に応じて、適切に対応するための窓口等の必要な体制の整備

③パワハラが発生した場合の迅速かつ適切な対応

④相談者等のプライバシー保護、不利益な取扱いを禁止する旨の定めの周知・啓発

 これらの措置のために、従業員や管理職への研修の実施や就業規則の整備、相談窓口の設置などの対応が必要となりますので、会社としては留意が必要です。

 パワハラが発生した場合、使用者は、被害者である従業員に対して、以下の民事上の責任を負います。

使用者責任(民法715条)

 雇用している労働者が事業の執行について第三者に損害を与えた場合、会社はその使用者として、加害者である労働者と連帯して損害を賠償する責任を負うことになります。

 ただし、使用者が労働者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、その責任を負わないとされています。

不法行為責任(民法709条)

 会社がパワハラの防止のために雇用管理上講ずべき措置を怠った場合、そのことを理由として会社が不法行為責任を負うことがあります。

 具体的には、パワハラの報告を受けているなど、パワハラが行われていることを認知していたにもかかわらず、漫然と放置し、調査や適切な措置等を行っていなかった場合や、パワハラが加害者個人によるものにとどまらず、会社そのものの行為と考えられる場合などには、会社が不法行為責任に基づく損害賠償義務を負う可能性があります。

債務不履行責任

 会社は労働者との雇用契約に付随する会社の義務として「職場環境配慮義務」を負っています。

 そのため、会社が職場環境配慮義務を果たさなかった場合には、会社は被害者に対して債務不履行責任に基づく損害賠償義務を負う可能性があります。

過去の裁判例

【身体的な攻撃の裁判例】メイコウアドヴァンス事件(名古屋地裁平成26年1月15日判決・判時2216号109頁)

事件の概要

 Y1社の従業員として勤務していた亡Aの相続人であるXらが、Aが自殺したのは、Y1社の代表取締役Y2らのAに対する暴言、暴行あるいは退職強要といった日常的なパワーハラスメントが原因であるなどとして、Y2らに対し、不法行為に基づき、Y1に対し、会社法350条及び民法715条に基づき、それぞれ損害賠償金及び遅延損害金の連帯支払等を求めた事案です。

裁判所の判断

 Y2は、Aが仕事でミスをすると、「てめえ、何やってんだ」、「どうしてくれるんだ」、「ばかやろう」などと汚い言葉で大声で怒鳴っていたが、あわせてAの頭を叩くことも時々あったほか、Aを殴ることや蹴ることも複数回あった。また、Aに対し、ミスによってY1社に与えた損害について弁償するように求め、弁償しないのであれば家族に弁償してもらう旨を言ったことがあり、「会社を辞めたければ7000万円払え。払わないと辞めさせない。」と言ったこともあった。

 Y2は、Aに対し、平成21年1月19日、大腿部後面を左足及び左膝で2回蹴るなどの暴行を加え、全治約12日間を要する両大腿部挫傷の傷害を負わせたうえ、同月23日、Aに対し、退職願を書くよう強要し、Aは、「私Aは会社に今までにたくさんの物を壊してしまい損害を与えてしまいました。会社に利益を上げるどころか、逆に余分な出費を重ねてしまい迷惑をお掛けした事を深く反省し、一族で誠意をもって返さいします。2ヶ月以内に返さいします。」などと記載した退職届を下書きした(なお、「額は一千万~1億」と鉛筆で書かれ、消された跡があった。)。

 Y2には、上記のAに対する暴言、暴行及び退職強要のパワハラが認められるところ、Y2のAに対する前記暴言及び暴行は、Aの仕事上のミスに対する叱責の域を超えて、Aを威迫し、激しい不安に陥れるものと認められ、不法行為に当たると評価するのが相当であり、また、本件退職強要も不法行為に当たると評価するのが相当である。

 また、Aは、従前から相当程度心理的ストレスが蓄積していたところに、本件暴行及び本件退職強要を連続して受けたことにより、心理的ストレスが増加し、急性ストレス反応を発症し、自殺するに至ったと認めるのが相当である。したがって、Y2の不法行為とAの死亡との間には、相当因果関係があるというべきである。

 そして、Y2はY1社の代表取締役であること、及び、Aに対する暴言、暴行及び本件退職強要は、Y1社の職務を行うについてなされたものであることが認められるのであるから、会社法350条により、Y1社は、Y2がAに与えた損害を賠償する責任を負う。

【精神的な攻撃の裁判例】暁産業ほか事件(福井地裁平成26年11月28日判決・労判1110号34号)

事件の概要

 Xは、亡Aの父であったところ、Y1社に勤務していたAが自殺したのは、上司であったY2らのパワーハラスメント、Y1社による加重な心理的負担を強いる業務体制等によるものであるとして、Y2らに対しては不法行為責任、Y1社に対して主位的には不法行為責任、予備的には債務不履行責任に基づき、損害金の支払を求めた事案です。

裁判所の判断

 Y2のAに対する、「学ぶ気持ちはあるのか、いつまで新人気分」、「詐欺と同じ、3万円を泥棒したのと同じ」、「わがまま」、「待っていた時間が無駄になった」、「人の話をきかずに行動、動くのがのろい」、「相手するだけ時間の無駄」、「反省しているふりをしているだけ」、「嘘を平気でつく、そんなやつ会社に要るか」、「会社辞めたほうが皆のためになるんじゃないか、辞めてもどうせ再就職はできないだろ、自分を変えるつもりがないのならば家でケーキ作れば、店でも出せば、どうせ働きたくないんだろう」、「いつまでも甘甘、学生気分はさっさと捨てろ」、「死んでしまえばいい」、「辞めればいい」、「今日使った無駄な時間を返してくれ」等の発言は、仕事上のミスに対する叱責の域を超えて、Aの人格を否定し、威迫するものである。これらの言葉が経験豊かな上司から入社後1年にも満たない社員に対してなされたことを考えると典型的なパワーハラスメントといわざるを得ず、不法行為に当たると認められる。

 また、Y2のAに対する不法行為は、外形上は、Aの上司として業務上の指導としてなされたものであるから、事業の執行についてなされた不法行為である。本件において、Y1社がY2に対する監督について相当の注意をしていた等の事実を認めるに足りる証拠はないから、Y1社はXに対し民法715条1項の責任を負う。

【人間関係からの切り離しの裁判例】大和証券・日の出証券事件(大阪地裁平成27年4月24日判決・労判1123号133頁)

事件の概要

 Y1社からY2社に出向して同社で営業業務に従事していたXが、Y2社に出向した後、上司から様々な嫌がらせを受けて精神的損害を被ったが、これらの行為は、Yらが共謀して行ったものであるとして、共同不法行為に基づき、Y1及びY2に対し、連帯して、慰謝料の支払を求めた事案です。

裁判所の判断

 Xの席は、営業部に本配属となる平成24年10月12日までは他の営業部員と同じく営業部室内にあったが、その翌日である同月13日からは、営業部室内には空いている席があるにもかかわらず、一人だけ旧第二営業部室内に移動させている。Xは研修期間を終了して営業部に本配属になったのであるから、他の営業部員とも協力して業務を行うことができるよう配置する必要がある。しかも、Xが営業業務に従事したのは亀戸支店がはじめてであり、他の営業部員の仕事のやり方等を見聞きして業務に必要なスキルを取得するとともに、Y2社としても、Xに対して積極的に指導していく必要があるのであるから、営業部への本配属を機に営業部室内にあった原告の席を誰もいない別の部屋に移すというのは極めて不自然である。

 しかも、Xが旧第二営業部室内で使用している机や椅子は、一般に会議で使用される長机やパイプ椅子であり、与えられたパソコンからは営業部員が業務上の情報を保存している共有フォルダに接続することができないようになっており、他の営業部員が全員参加している朝会やコンプライアンス会議にはXのみ出席させず、営業部の歓迎会や忘年会にもXは呼ばれず、営業部の連絡網においても他の営業部員は順次他の営業部員に連絡することになっているのに、Xは本店長が直接連絡することになっているのであるから、Y2がXを、できるだけ他の営業部員から隔離しようとしていることは明らかであり、およそまともな処遇であるとはいい難く、Y2の対応は、Xに対する嫌がらせであると評価せざるを得ない。

 また、約1年にわたり新規顧客開拓業務に専念させ、1日100件訪問するよう指示したこと、Xの営業活動により取引を希望した者の口座開設を拒否したことは、Xに対する嫌がらせであり、不法行為に該当する。

 そして、Y2社は、Y1社の了解を得た上で、Xに対する嫌がらせを行っていたものと認めるのが相当であるところ、Y1社は、Y2社と共同してXに嫌がらせを行ったものであり、共同不法行為責任を負う。

【過大な要求の裁判例】天むす・すえひろ事件(大阪地裁平成20年9月11日判決・労判973号41頁)

事件の概要

 Y社に雇用されていたXが、雇用されていた間、Y社の代表者Aから職務に関して違法な言動をされ、著しい精神的苦痛を被ったなどとして、不法行為又は労働契約上の債務不履行(職場環境保持義務違反)に基づき、慰謝料の支払を求めた事案です。

裁判所の判断

 Aは、Xに対し、Xの能力を質量ともに超える業務に従事するように指示しながら、適切な指導、援助等を行わなかった上、業務上の指示内容を突然変更する、Xの仕事振りについて、一方的に非難する、不快感を露わにするなどの不適切な対応をしたこと、Xは、Y社での就労によって肉体的疲労、精神的ストレスを蓄積させ、これが要因となって精神疾患になり、心療内科の医師から、就労不能であり、1か月の自宅療養を要する状態と診断されたこと、Aは、この診断書を受け取った後、Xに対し、しばらく休養することを認めながら、他方で業務上の指示をFAX等で行うなどしたことが認められる。

 これらによれば、Aは、Xに対し、職務に関して、肉体的疲労及び精神的ストレスを蓄積させ、健康状態を著しく悪化させるような言動を繰り返し行い、Xは、精神疾患により就労不能な状態になり、退職を決意せざるを得ない状態になったものと認められる。Aの上記行為は、違法にXの権利又は法的利益を侵害したものとして、不法行為に当たると認めるのが相当である。

【過小な要求の裁判例】国立大学法人金沢大学事件(金沢地裁平成29年3月30日判決・労判1165号21頁)

事件の概要

 国立大学法人であるY2の設置する大学及び大学院の准教授であるXが、その所属する教室の主任であったY1からハラスメント行為を受けたと主張して、Y1に対しては不法行為を理由とする損害賠償を、Y2に対してはY1のXに対するハラスメント行為に加担し、またはこれを放置したとして、職場環境の整備義務違反の債務不履行等に基づき損害賠償を求めた事案です。

裁判所の判断

 Y1が科目責任者を務める授業科目ないし本件教室が担当する授業科目のうちXに担当させる授業のコマ数を平成23年度の約42コマから平成24年度には3コマに減らし、更に平成26年度には原告に授業を担当させないこととしたこと(この行為を、以下「平成24年度以降の授業の割当てに係る行為」という。)は事実である。

 そして、本件大学においては、本件大学で設けられた授業科目の各回の授業をどの教員に担当させるか決定する権限は、当該授業科目の科目責任者ないし当該科目を担当する教室の主任にあり、その裁量により決定することとされているものと認められるが、平成24年度以降の授業の割当てに係る行為は、次に述べるとおり、合理的な理由があるとは認められず、Y1の科目責任者ないし本件教室の主任としての権限を濫用した違法な行為であると認められ、違法な行為であるということができる。

【個の侵害の裁判例】東起業事件(東京地裁平成24年5月31日判決・労判1056号19頁)

事件の概要

 Y社の従業員であったXは、業務用に貸与された携帯電話を強引にナビ機能に接続させ、休日、早朝、深夜を問わずXの居場所を確認するなどの行為が不法行為を構成するとして、慰謝料を請求した事案です。

裁判所の判断

 Y社は、本件ナビシステムの導入は、外回りの多いXを含む15名の従業員について、その勤務状況を把握し、緊急連絡や事故時の対応のために当該従業員の居場所を確認することを目的とするものである旨主張しているところ、X以外の複数の従業員についても、本件ナビシステムが使用されていることがうかがわれることに照らせば、Y社主張の上記目的が認められ、当該目的には、相応の合理性もあるということができる。

 そうすると、Xが労務提供が義務付けられる勤務時間帯及びその前後の時間帯において、Y社が本件ナビシステムを使用してXの勤務状況を確認することが違法であるということはできない。反面、早朝、深夜、休日、退職後のように、従業員に労務提供義務がない時間帯、期間において本件ナビシステムを利用してXの居場所確認をすることは、特段の必要性のない限り、許されないというべきであるところ、早朝、深夜、休日、退職後の時間帯、期間においてXの居場所確認をしており、その間の居場所確認の必要性を認めるに足りる的確な証拠はないから、上記行為は、Xに対する監督権限を濫用するもので違法であって、不法行為を構成するというべきである。

弁護士 岡田 美彩

所属
大阪弁護士会

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