コラム

2024/07/29

裁量労働時間制

 前回コラムでは、みなし労働時間制のうち、事業場外労働のみなし労働時間制について解説いたしました。

 本コラムでは、みなし労働時間制のもう一つの制度である裁量労働制について解説いたします。

裁量労働制とは

 裁量労働制とは、実際に働いた労働時間ではなく、企業と労働者との間で予め定めた時間を働いたものとみなし、賃金を支払う制度です。

 裁量労働制は、労働基準法が定める「みなし労働時間制」のひとつであり、さらに裁量労働制は「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2種類に分かれます。

専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)

 専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難な業務に適用されます。

 対象となる業務等を労使協定で定め、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使協定であらかじめ定めた時間労働したものとみなします。

対象業務

 専門業務型として、労働基準法施行規則などにより、以下の20業務が定められています。

  1. 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
  2. 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務
  3. 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務
  4. 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
  5. 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
  6. 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
  7. 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
  8. 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
  9. ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
  10. 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
  11. 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
  12. 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
  13. 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務)
  14. 公認会計士の業務
  15. 弁護士の業務
  16. 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
  17. 不動産鑑定士の業務
  18. 弁理士の業務
  19. 税理士の業務
  20. 中小企業診断士の業務

 なお、⑬については、令和6年4月度改正によって追加されました。

 これらの業務は限定列挙であり、上記の業務以外に専門業務型裁量労働制を適用することはできません。

企画業務型裁量労働制(労働基準法38条の4)

 企画業務型裁量労働制とは、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、業務の性質上、これを適切に遂行するには、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務遂行の手段や時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務に適用されます。

 これらの業務について労使委員会で決議し、労働基準監督署に決議の届出を行い、労働者を実際にその業務に就かせた場合、労使委員会の決議であらかじめ定めた時間労働したものとみなします。

対象業務

 企画業務型裁量労働制の対象業務として、以下の4要件すべてを満たす必要があります。

  1. 業務が所属する事業場の事業の運営に関するものであること
  2. 企画、立案、調査及び分析の業務であること
  3. 業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があると、業務の性質に照らして客観的に判断される業務であること
  4. 業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること

制度導入のための手続

専門業務型裁量労働制の手続

 専門業務型裁量労働制の導入にあたっては、事業場ごとに過半数労働組合又は過半数代表者との書面による協定により、下記の事項について定めることが必要です。

  1. 制度の対象とする業務
  2. 1日の労働時間としてみなす時間
  3. 対象業務の遂行の手段、時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこと
  4. 適用労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容
  5. 適用労働者からの苦情の処理のため実施する措置の具体的内容
  6. 制度の適用にあたって労働者本人の同意を得なければならないこと
  7. 制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしてはならないこと
  8. 制度の適用に関する同意の撤回の手続
  9. 労使協定の有効期間(※3年以内とすることが望ましい)
  10. 労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を労使協定の有効期間中及びその期間満了後5年間(当面の間は3年間)保存すること

 労使協定を締結したうえ、所轄の労働基準監督署長へ「専門業務型裁量労働制に関する協定届」を届け出なければならず、その内容を労働者にも周知する必要があります。

 また、裁量労働制を労働者に適用するため、労使協定とは別に、個別の労働契約や就業規則等に裁量労働制に関する規定を定める必要があります。

 なお、常時10人以上の労働者を使用する事業場において、就業規則の作成や変更をした場合、過半数組合等から意見を聴取したうえで、その意見書を添えて所轄の労働基準監督署長に届け出て、その内容を労働者に周知しなければなりません。

企画業務型裁量労働制の手続

 企画業務型裁量労働制の導入にあたっては、労使委員会を設置し、次の事項について、労使委員会の委員の5分の4以上の多数により決議する必要があります。

  1. 制度の対象とする業務
  2. 対象労働者の範囲
  3. 労働時間としてみなす時間(みなし労働時間)
  4. 対象労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容
  5. 対象労働者からの苦情の処理のため実施する措置の具体的内容
  6. 制度の適用にあたって労働者本人の同意を得なければならないこと
  7. 制度の適用に労働者が同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしてはならないこと
  8. 制度の適用に関する同意の撤回の手続
  9. 対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合に、労使委員会に変更内容の説明を行うこと
  10. 労使委員会の決議の有効期間(※3年以内とすることが望ましい)
  11. 労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理措置の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を決議の有効期間中及びその期間満了後5年間(当面の間は3年間)保存すること

 労使委員会での決議後、所轄の労働基準監督署長へ「企画業務型裁量労働制に関する決議届」を届け出なければならず、その内容を労働者にも周知する必要があります。

 また、就業規則に規定を定め、労働基準監督署長に届け出たうえ、労働者に周知しなければなりません。

 次に、労使委員会の決議内容に従い、企画業務型裁量労働制の対象となる労働者から個別に同意を得ます。同意が得られなかった際に、その労働者に対して解雇や降格などの不利益な取り扱いを行うことは禁止されています。

 制度導入後についても、使用者は労働者の健康・福祉を確保するための措置や苦情に対する措置を実施しなければなりません。

 また、労使委員会を6か月以内ごとに1回開催して制度の実施状況をモニタリングし、企画業務型裁量労働制を導入する際の労使委員会の決議が行われた日から6か月以内に1回、その後1年以内ごとに1回、所轄の労働基準監督署長へ下記の事項の定期報告を行います。

  • 対象労働者の労働時間の状況
  • 対象労働者の健康・福祉を確保するための措置の実施状況
  • 同意及び同意の撤回の状況

制度導入の効果

 専門業務型と企画業務型のいずれの類型についても、法令の定める要件を満たしたうえで、労働者が対象業務に従事した場合には、実際の労働時間(実労働時間)にかかわらず、労使協定または労使委員会の決議で定めた時間数労働したものとみなされます(労基法38条の3第1項、38条の4第1項)。

ただし、以下の規制の適用は除外されないので、注意が必要です。

  • 休憩(労基法34条)
  • 休日(労基法35条)
  • 時間外・休日労働および深夜労働(労基法36条、37条)

 みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超過する場合には、時間外労働となるため、36協定を締結し、法定労働時間を超えた部分に対しては、割増賃金を払わなければなりません。

 なお、上述した労使協定・労使委員会決議のいずれについても、いわゆる自動更新条項を設定することは認められない点に留意が必要です。また、労使協定・労使委員会決議の有効期間は、3年以内とすることが望ましいとされています(厚生労働省・令和5年改正労働基準法施行規則等に係る裁量労働制に関するQ&A8-3)。

過去の裁判例

ドワンゴ事件(京都地裁平成18年5月29日判決)

事件の概要

 Xは、平成15年9月、コンピュータ及びその周辺機器、ソフトウェア製品の企画、開発、製造、販売、輸出入及び賃貸などを業務内容とするY社に雇用され、大阪開発部においてプログラマーとして勤務していました。

 Y社はXとの雇用契約の中で、裁量労働制に係る合意をし、就業規則などでも専門型裁量労働制の規定を設けていました。

 しかし、Y社は東京本社については労働者の過半数代表者と専門型裁量労働制に関する労使協定を締結し、同労使協定を中央労働基準監督署(東京)も届け出ていましたが、大阪開発部の従業員の過半数代表者と合意された専門型裁量労働制に関する協定はなく、大阪開発部に対応する労働基準監督署に同協定が届け出られたことはありませんでした。

 Xは、専門型裁量労働制は適用されないとして、Y社に対し、未払残業代を請求しました。

裁判所の判断

 専門型裁量労働制について、労基法38条の3第1項は事業場の過半数組織労働組合ないし過半数代表者の同意(協定)を必要とすることで当該専門型裁量労働制の内容の妥当性を担保しているところ、当事者間で定めた専門型裁量労働制に係る合意が効力を有するためには、同協定が要件とされた趣旨からして少なくとも、使用者が当該事業場の過半数組織労働組合ないし過半数代表者との間での専門型裁量労働制に係る書面による協定を締結しなければならないと解するのが相当である。また、それを行政官庁に届けなければならない(労基法38条の3第2項、同法38条の2第3項)。

 同条項の規定からすると、同適用の単位は事業場毎とされていることは明らかである。そこで、ここでいう事業場とは「工場、事務所、店舗等のように一定の場所において、相関連する組織の基で業として継続的に行われる作業の一体が行われている場」と解するのが相当である。

 Y社の大阪開発部は、Y社の本社(本件裁量労働協定及び同協定を届出た労働基準監督署に対応する事業場)とは別個の事業所というべきであるところ、本件裁量労働協定はY社の本社の労働者の過半数の代表者と締結されたもので、また、その届出も本社に対応する中央労働基準監督署に届けられたものであって、大阪開発部を単位として専門型裁量労働制に関する協定された労働協定はなく、また、同開発部に対応する労働基準監督署に同協定が届出られたこともない。そうすると、本件裁量労働協定は効力を有しないとするのが相当である。

東京地方裁判所平成30年10月16日判決(判例タイムズ1475号133頁)

事件の概要

 Xは、広告代理店業等を目的とするY社に雇用され、制作部デザイン課に所属し、ウェブ・バナー広告等の制作業務に従事していました。

 Y社は従業員の過半数代表者との間で労使協定を締結し、Xの雇入通知書には、変形労働時間制に係る条項に加えて、裁量労働制(始業午前10時、終業午後7時を基本とし、労働者の決定に委ねる。)を定める条項が記載されていました。

 しかし、Xは、ウェブ・デザインについて専門的な知見や職歴を有しておらず、担当業務は、営業部の担当社員の指示に従い、既存のY社のポータルサイトや顧客ウェブサイト等に掲載されるウェブ・バナー広告等を短い納期(新規でも5日間程度)で多数(1日15枚程度)制作するという画一的な内容であり、上司の監督の下、専らY社の事務所内で担当業務に従事し、恒常的に長時間労働を課されていました。

 Xは担当業務が専門業務型裁量労働制の対象業務に該当せず、専門業務型裁量労働制が適用される余地はないとして、割増賃金を請求しました。

裁判所の判断

 労基法施行規則24条の2の2第1項各号は、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難」(労基法38条の3第1項1号)な業務を挙げたものであるから、「衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務」(労基法施行規則24条の2の2第2項4号)に該当するか否かについても、かかる観点から判断することを要する(大阪高裁平成24年7月27日判決・労判1062号63頁参照)。

 Xは、制作部デザイン課に所属し、主としてウェブ・バナー広告の制作業務(以下「本件業務」という。)に従事していたところ、①Y社に入社する前は、ウェブ・デザインに関する専門的な知見や職歴は全く有していなかったこと、②営業や編集の担当社員より、顧客から聴取した要望等に基づいて、大まかなイメージ・色、キャッチコピーの文言、使用する女性の写真等についての指示が出されていたこと、③その納期は新規作成の場合であっても5営業日程度であり、Xは、請求対象期間においては、1日当たり10件程度の顧客のウェブ・バナー広告を制作していたこと、④営業等の担当社員が、顧客から完成許可を得ることにより、顧客への納品が完了するという扱いとなっていたことといった事情を踏まえると、本件業務の遂行に当たってのXの裁量は限定的であって、Xは、営業等の担当社員の指示に従って、短時間で次々とウェブ・バナー広告を作成することを求められていたということができる。

 以上に加え、風俗店がY社ポータルサイトに広告を掲載する際の料金は1店舗当たり5万円程度にとどまり、ウェブ・バナー広告の制作に使用し得る人件費にも自ずから限界があるといえることも併せると、本件業務について、「その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要がある」ような性質の業務であるとはいえないし、「当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難」であるともいえない。そうすると、本件業務が労基法施行規則24条の2の2第2項4号所定の「広告等の新たなデザインの考案の業務」に該当するとは認め難い。

弁護士 岡田 美彩

所属
大阪弁護士会

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