コラム

2024/06/24

みなし労働時間制

 みなし労働時間制は、実際の労働時間に関係なく所定の時間を働いたものと“みなす”制度です。

 ただし、制度設計が不適切であったり、労務管理が不十分であったりすると、多額の残業代や遅延損害金を支払わなければならなくなるおそれもあります。

 本コラムではみなし労働時間制について解説いたします。

みなし労働時間制とは

 みなし労働時間制とは、労働者の実労働時間にかかわらず、労働者が一定時間労働したものとみなす制度をいいます。

 労働基準法38条の2~38条の4では、事業場外労働および裁量労働(専門業務型裁量労働・企画業務型裁量労働)について、みなし労働時間制を定めています。

 本コラムでは、主に事業場外労働について解説し、裁量労働については次回コラムで解説いたします。

事業場外労働とは

 そもそも労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。

 また、使用者は残業時間の上限規制や長時間労働の場合の安全配慮義務等のルールを遵守するために、従業員の労働時間を把握することが必要となります。

 しかし、業務の内容によっては、労働者が事業場外に出ているため労働時間を把握することが難しい場合もあります。

 そのような場合に、労働者が一定時間労働したものとみなす制度が事業場外労働のみなし労働時間制となります。

 事業場外労働のみなし労働時間制が適用される場合、事業場外労働に従事した労働者は、原則的にその実労働時間にかかわらず、所定労働時間労働したものとみなされます。

 ただし、通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には、「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」労働したものとみなします。

 例えば、所定労働時間が8時間とされている場合に、通常10時間は必要とされる業務をするときには、10時間労働したものとみなされることになります。 その結果、所定労働時間を超える2時間分について残業代を請求することが可能となります。

 なお、「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」について、労使協定によって労働時間を定めた場合は、当該時間が「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」になります。

 また、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超過するみなし労働時間を設定する場合は、通常の労働時間制の場合と同様に、36協定の締結及び届出が必要となり、かつ時間外割増賃金の支払が必要となります。

事業場外労働のみなし労働時間制を適用するための要件

①労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事していること

 使用者の具体的な指揮監督の及ばない場所で業務に従事したといえるか否かによって判断されます。

 新聞・テレビなどの記者、外勤の営業社員など、日常的に事業場外で業務に従事する場合だけでなく、出張などで臨時的の場合も事業場外で業務に従事したといえます。

②労働時間を算定し難いこと

 事業所外で業務に従事する場合であっても、使用者の具体的な指揮監督が及んでおり、労働時間の算定が可能な場合は、事業場外労働のみなし労働時間制の適用はないものとされています。

 行政通達(昭63.1.1基発1)では、事業場外労働のみなし労働時間制が適用されない例として、次のような場合を挙げています。

  1. 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
  2. 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合
  3. 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

 そのため、出張など臨時的な場合についても、労働時間を管理する者が出張に同行している場合や、携帯電話等で業務上の指示を受けながら業務を行っている場合等は、事業場外みなし労働時間制は適用されません。

みなし労働時間制の効果

 みなし労働時間制は、「事前に決められた労働時間を働いたとみなす」制度であるため、みなし労働時間が法定労働時間を下回る1日8時間以下、週40時間以下の場合は、原則として残業代は支払われません。

 一方、みなし労働時間が、1日8時間、週40時間を超える場合は、相当分の残業代を支払う必要があります。

 また、休日労働や深夜労働に対する割増賃金は、みなし労働時間制を導入していても支払う必要があります。そのため、休日、深夜の労働については、みなし労働時間制を適用していても、該当労働時間を正確に把握する必要があります。

過去の裁判例

光和商事事件(大阪地判平成14年7月19日)

事件の概要

 Xらは、金融業を営むY社に営業社員として雇用されていました。

 Y社では、営業社員は、その労働時間の大半を事業場外での業務に従事しているため、労働時間を算定し難いとして、所定労働時間労働したものとみなし、時間外労働時間は存在しないとしていました。

 そこで、Xらは労働基準法38条の2第1項の適用はないとして、Y社に対し、時間外労働割増賃金の支払を求めて提訴しました。

裁判所の判断

 本件においては、Y社では、Xらについては勤務時間を定めており、基本的に営業社員は朝Y社に出社して毎朝実施されている朝礼に出席し、その後外勤勤務に出、基本的に午後6時までに帰社して事務所内の掃除をして終業となるが、営業社員は、その内容はメモ書き程度の簡単なものとはいえ、その日の行動内容を記載した予定表をY社に提出し、外勤中に行動を報告したときには、Y社においてその予定表の該当欄に線を引くなどしてこれを抹消しており、さらに、Y社は営業社員全員にY社の所有の携帯電話を持たせていたのであるから、Y社がXら営業社員の労働時間を算定することが困難であるということはできず、Xらの労働が労働基準法38条の2第1項の事業場外みなし労働時間制の適用を受けないことは明らかである。

阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日)

事件の概要

 Xは、派遣会社であるY社と海外ツアーの添乗業務についての労働契約を締結し、派遣添乗員としてA社へ派遣されました。

 A社主催の募集型企画旅行の添乗業務(旅程管理等)に従事していたXは、Y社に対し、時間外労働等をしたとして、時間外割増賃金、休日割増賃金等の支払を求めて提訴しました。

裁判所の判断

 本件添乗業務は、旅行日程がその日時や目的地等を明らかにして定められることによって、業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られている。

 また、本件添乗業務について、A社は、添乗員との間で、あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で、予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ、旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。

 このような業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、A社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。

セントリオン・ヘルスケア・ジャパン事件(東京高判令和4年11月16日)

事件の概要

 Xは、Y社に雇用され、MR(医療情報担当者)として、基本的に、自宅から直接営業先である医療機関を訪問し、直接帰宅するという形態で就労していました。Xには事業場外労働みなし制が適用されており、みなし時間は所定労働時間である8時間とされていました。

 Xは、事業場外みなし労働時間制適用の要件を欠くと主張し、未払割増賃金等の支払を求めて提訴しました。

裁判所の判断

 (MRが作成する)週報には始業時刻や終業時刻等の記入欄はないものの、Y社は、平成30年12月、従業員の労働時間の把握の方法として本件システムを導入し、MRに対して、貸与しているスマートフォンから、位置情報をONにした状態で、出勤時刻及び退勤時刻を打刻するよう指示した上、月に1回「承認」ボタンを押して記録を確定させ、不適切な打刻事例が見られる場合には注意喚起などをするようになっており、平成30年12月以降、Y社は、直行直帰を基本的な勤務形態とするMRについても、始業時刻及び終業時刻を把握することが可能となったものといえる。

 そして、Y社は、本件システムの導入後も、MRについては一律に事業場外労働のみなし制の適用を受けるものとして扱っているが、月40時間を超える残業の発生が見込まれる場合には、事前に残業の必要性と必要とされる残業時間とを明らかにして残業の申請をさせ、残業が必要であると認められる場合には、エリアマネージャーからMRに対し、当日の業務に関して具体的な指示を行うとともに、行った業務の内容について具体的な報告をさせていたから、本件システムの導入後は、MRについて、一律に事業場外労働のみなし制の適用を受けるものとすることなく、始業時刻から終業時刻までの間に行った業務の内容や休憩時間を管理することができるよう、日報の提出を求めたり、週報の様式を改定したりすることが可能であり、仮に、MRが打刻した始業時刻及び終業時刻の正確性やその間の労働実態などに疑問があるときには、貸与したスマートフォンを用いて、業務の遂行状況について、随時、上司に報告させたり上司から確認をしたりすることも可能であったと考えられる。

 そうすると、Xの業務は、本件システムの導入前の平成30年11月までは、労働時間を算定し難いときに当たるといえるが、本件システムの導入後の同年12月以降は、労働時間を算定し難いときに当たるとはいえない。

弁護士 岡田 美彩

所属
大阪弁護士会

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