コラム

2024/06/17

民法等の一部を改正する法律について

 令和4年12月10日、民法の嫡出推定制度の見直し等を内容とする民法等の一部を改正する法律が成立し、同月16日に公布されました。

 上述の法律のうち、懲戒権に関する規定等の見直しに関する規定は、令和4年12月16日から施行され、その他嫡出推定制度の見直し等に関する規定は、令和6年4月1日から施行されました。

懲戒権について

親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲でその子を懲戒することができる。

改正前民法822条

 改正前民法822条では、「監護及び教育に必要な範囲において」子を「懲戒」できると規定していました。

 民法において「懲戒」の具体的方法についての記載はありませんが、懲戒権に関する規定が児童虐待を正当化している口実になっているとの指摘がありました。

 そこで、親権者による懲戒権の規定(改正前民法822条)が削除され、親権者は民法第820条により必要な監護教育をすることができることを前提に、監護教育に際し、子の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならないものとするとの内容の改正がなされました(民法821条)。

 また、本改正に伴って、児童福祉法及び児童虐待の防止等に関する法律上の監護教育に関する規定についても同様の措置が講じられました。

児童相談所長は、一時保護が行われた児童で親権を行う者又は未成年後見人のあるものについても、監護、教育及び懲戒に関し、その児童の福祉のため必要な措置を採ることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

改正前児童福祉法33条の2第2項

児童相談所長は、一時保護が行われた児童で親権を行う者又は未成年後見人のあるものについても、監護及び教育に関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができる。この場合において、児童相談所長は、児童の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の児童の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない。

児童福祉法33条の2第2項

児童福祉施設の長、その住居において養育を行う第六条の三第八項に規定する厚生労働省令で定める者又は里親は、入所中又は受託中の児童で親権を行う者又は未成年後見人のあるものについても、監護、教育及び懲戒に関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができる。 ただし、体罰を加えることはできない。

改正前児童福祉法47条3項

児童福祉施設の長、その住居において養育を行う第六条の三第八項に規定する内閣府令で定める者又は里親(以下この項において「施設長等」という。)は、入所中又は受託中の児童で親権を行う者又は未成年後見人のあるものについても、監護及び教育に関し、その児童の福祉のため必要な措置をとることができる。この場合において、施設長等は、児童の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の児童の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない。

児童福祉法47条3項

児童の親権を行う者は改正前、児童のしつけに際して、体罰を加えることその他民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百二十条の規定による監護及び教育に必要な範囲を超える行為により当該児童を懲戒してはならず、当該児童の親権の適切な行使に配慮しなければならない。

児童虐待の防止等に関する法律14条 親権の行使に関する配慮等

児童の親権を行う者は、児童のしつけに際して、児童の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の児童の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない。

児童虐待の防止等に関する法律14条 児童の人格の尊重等

嫡出推定規定について

 結婚した夫婦の間に生まれた子を民法では「嫡出子」と呼びます。

 夫婦が離婚した後に子が生まれた場合であっても、婚姻の成立した日から200日を経過した日より後に生まれた子、または離婚等により婚姻を解消した日から300日以内に生まれた子を前夫との嫡出子と推定するという制度を「嫡出推定」といいます。

 しかし、この制度によると、長期間の別居の末に離婚した後に再婚したような場合、母が前夫との離婚後300日以内に子を出産すると、前夫との子として戸籍に記載されます。

 そのため、子が前夫の子として扱われることを避けるために出生届の提出をせず、結果として戸籍に記載されない子が存在するという無戸籍者問題があり、無戸籍者問題の解消に向けて、民法の規定が改正されました。

見直しのポイント

  1. 婚姻解消の日から300日以内に生まれた子であっても、母が前夫以外の男性と再婚した後に生まれた場合、再婚後の夫の子と推定されることになります。
  2. 女性の再婚禁止期間が廃止されました。

「出展:法務省パンフレット(令和4年民法(親子法制)に関するもの)

①嫡出推定の範囲に例外を設ける方策

 婚姻の成立した日から200日以内に生まれた子についても、夫の子と推定することとし、婚姻の解消の日から300日以内に生まれた子については、母が前夫以外の男性と再婚したあとに生まれた場合には、再婚後の夫の子とすることとしました。

 これにより、婚姻の解消等の日から300日以内に生まれた子であっても、母が前夫以外の男性と再婚したあとに生まれた場合には、再婚後の夫を父とする出生の届出が可能となりました。

②女性の再婚禁止期間の廃止

 女性の再婚禁止期間は、前夫の嫡出推定と再婚後の夫の嫡出推定の重複により父が定まらない事態を回避するためのものでした。

 嫡出推定規定の見直しによって、父性推定の重複がなくなるため、女性の再婚禁止期間が廃止されました。

嫡出否認制度について

 改正前民法では、生物学上の父子関係がない場合でも、子や母が自らの判断で否認することができず、そこで、母は子が夫の子と扱われることを避けるために出生届を提出しないことがあり、このことが無戸籍者の生じる一因であるとの指摘がありました。

 また、子の利益を保護する観点からは、長期間にわたって子の身分関係が不安定になることは望ましくないといえますが、他方で、法律上の父子関係の存否を左右する嫡出否認権行使の是非について、嫡出否認権者において適切に判断するための機会を広く確保することも重要と考えられたため提訴期間が伸長されました。

見直しのポイント

  1. これまで夫のみに認められていた嫡出否認権が子及び母にも認められました。
  2. 嫡出否認の訴えの出訴期間が1年から3年に伸長されました。

「出展:法務省パンフレット(令和4年民法(親子法制)に関するもの)

①否認権者の拡大

 改正前民法では、夫は嫡出否認の訴えにより、父子関係を否定することができることとされていましたが、改正により子及び母も嫡出否認の訴えを提起できるようになりました。

②嫡出否認の訴えの出訴期間を伸長する方策

 改正前民法は、嫡出否認の訴えの出訴期間を1年としていましたが、改正によって、夫および前夫は子の出生を知ったときから、子および母は子の出生のときからそれぞれ原則として3年に出訴期間が伸長されました。

 なお、子は一定の要件を満たす場合には、例外的に21歳に達するまで、嫡出否認を訴えを提起することができます。

 これにより、自ら嫡出否認の訴えを提起し、これを認める判決を得たうえで、(前)夫を父としない出生の届出をすることが可能となりました。

 原則として本法律の施行日である令和6年4月1日以降に生まれた子に適用されますが、施行日前に生まれた子やその母も、本法律の施行の日から1年間に限り、嫡出否認の訴えを提起して、血縁上の父ではない者が子の父と推定されてる状態を解消することが可能です。

その他

第三者の提供精子を用いた生殖補助医療により生まれた子の親子関係に関する民法の特例に関する規律の見直し

 妻が夫の同意の下、第三者の提供精子を用いた生殖補助医療により懐胎・出産した子については、夫は嫡出否認をできないとされていました。

 今回の法改正により、生殖補助医療の場合には、子及び母も否認権が制限されることとなりました。

認知無効の訴えの規律について

「出展:法務省パンフレット(令和4年民法(親子法制)に関するもの)

 改正前民法では、父子関係の当事者及びそれに準じる立場にある母が認知を有効なものとする意思を有している場合でも、利害関係人が、それらの意思に反して認知の無効の訴えを提起できてしまい、このような規律は相当とはいえないとの指摘がありました。

 また、婚姻中の父母から生まれた子(嫡出子)については、嫡出推定制度により父子関係を争うことができる者及び期間が厳格に制限されているにもかかわらず、婚姻していない父母から生まれた子(非嫡出子)については、認知の無効の訴えを提起できる者及びその期間に何らの制限も設けられていなかったため、嫡出子にくらべ非嫡出子の地位が著しく不安定であるとの指摘がありました。

 そこで、血縁関係がないことを理由とした認知無効の訴えにつき、訴えを提起できる者を、子、認知をした者(父)及び母に限定し、提起できる期間を、所定の時点から原則として認知者(父)は認知の時から、子・母は認知を知ったときからそれぞれ7年間としました。

 なお、子は一定の要件を満たす場合には、例外的に21歳に達するまで、認知の無効の訴えを提起することができます。

弁護士 田中 彩

所属
大阪弁護士会

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