フレックスタイム制
近年、労働者が働きやすい環境をつくるために「フレックスタイム制」を導入する企業が増えています。また、働き方改革関連法令の改正により、清算期間が3か月までとなる新しいフレックスタイム制が2019年4月より導入されました。
しかしながら、フレックスタイム制を導入するにあたって、知識がないまま行うと、違法、無効となるリスクがあるため注意が必要となります。
本コラムではフレックスタイム制の基本的なルールから、導入の流れまで解説いたします。
目 次 [close]
フレックスタイム制とは
フレックスタイム制とは、一定期間(清算期間)についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、⽇々の始業・終業時刻、労働時間を労働者⾃らが決めることのできる制度です。
1987年の労働基準法改正の際に導入された制度で、労働基準法第32条の3において定められています。
使用者は、就業規則その他これに準ずるものにより、その労働者に係る始業及び終業の時刻をその労働者の決定に委ねることとした労働者については、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めたときは、その協定で第二号の清算期間として定められた期間を平均し一週間当たりの労働時間が第三十二条第一項の労働時間を超えない範囲内において、同条の規定にかかわらず、一週間において同項の労働時間又は一日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
一 この項の規定による労働時間により労働させることができることとされる労働者の範囲
二 清算期間(その期間を平均し一週間当たりの労働時間が第三十二条第一項の労働時間を超えない範囲内において労働させる期間をいい、三箇月以内の期間に限るものとする。以下この条及び次条において同じ。)
三 清算期間における総労働時間
四 その他厚生労働省令で定める事項
労働基準法32条の3第1項
フレックスタイム制を導入することによって、労働者は仕事と⽣活の調和を図りながら効率的に働くことができます。
フレックスタイム制の仕組み
フレックスタイム制の導入によって、労働者の出退勤時間は自由となります。
しかし、管理等の問題などから、1日の中で必ず出勤していないといけない時間(コアタイム)を設ける企業も多くあります。
(出典)厚⽣労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」
コアタイム
コアタイムとは、フレックスタイム制において、1日の中で「この時間は必ず勤務していなければならない」と決められた時間帯のことです。
例えば、コアタイムを10時~15時とした場合、この5時間は必ず働く必要がありますが、それ以外の時間の出退社は自由となります。
コアタイムを設定するかどうかは任意ですが、社員の労働状況の管理や必要な情報の共有、会議の設定などを容易にするという目的のもと、コアタイムを導入する企業が多いようです。
ただし、コアタイムを長時間で定めると、フレックスタイム制を導入しているとは認められない可能性があるため注意が必要となります。
フレキシブルタイム
フレキシブルタイムとは、労働者が自らの選択によって労働時間を決定することができる時間帯となります。
コアタイムを間に挟んで設けられることが多く、フレキシブルタイム内であれば、出社、退社の時間を調整したり、中抜けしたりすることも可能です。
コアタイムを設定せず、すべての労働時間をフレキシブルタイムとして、いつでも労働者の都合のよい時間に出退勤できるよう、完全に労働者の裁量に任せる働き方は「スーパーフレックス制」と呼ばれています。
制度導入のための手続
フレックスタイム制を導入するためには就業規則等への規定と労使協定の締結が必要です。
労使協定で定めるべき事項は次の事項となります。
- 対象となる労働者の範囲
- 清算期間
- 清算期間における総労働時間
- 標準となる1日の労働時間
- コアタイム(※任意)
- フレキシブルタイム(※任意)
また、清算期間が1か月以内であれば、所轄の労働基準監督署長への労使協定の届出は必要ありませんが、清算期間が1か月を超える場合には所轄の労働基準監督署長への労使協定の届出が必要なので注意が必要です。
なお、上記の要件を満たしていても、18歳未満の労働者にはフレックスタイム制を適用できません(労働基準法60条)。
①対象となる労働者の範囲
フレックスタイム制をとる労働者の範囲を決めます。
範囲は、各⼈ごと、課ごと、グループごと等様々な範囲で定めることができ、「全従業員」、「〇〇部職員」、「Aさん、Bさん」とすることも可能です。
②清算期間
フレックスタイム制の清算期間とは、労働者が働くべき時間を定めた期間のことです。
これまで上限は1か⽉でしたが、法改正によって、上限は3か月となっています。併せて、清算期間の「起算日」も定める必要があります。
③清算期間における総労働時間
清算期間の「総労働時間」とは、労働者が清算期間に働くべき時間のことで、所定労働時間のことをいいます。
清算期間における総労働時間を定めるにあたっては、法定労働時間の総枠の範囲内としなければなりません。
④標準となる1日の労働時間
標準となる1日の労働時間とは、年次有給休暇を取得したときに支払われる賃金の算定の基礎となる労働時間です。
清算期間における総労働時間を期間中の所定労働日数で割った時間を基準として定めます。
時間外労働の考え方
フレックスタイム制で働く労働者が時間外労働を⾏う場合にも、36協定の締結・届出が必要となります。
時間外労働の計算方法は次のとおりとなります。
清算期間が1か月以内の場合
清算期間が1か月以内の総労働時間の総枠は以下のようになります。
清算期間の暦日数 | 法定労働時間の総枠 |
31日 | 177.1時間 |
30日 | 171.4時間 |
29日 | 165.7時間 |
28日 | 160.0時間 |
総労働時間より実労働時間が長かったときは、超過した時間分が法定時間外労働となり、実労働時間が短かったときは、以下のいずれかの方法により相殺することになります。
- 不足時間分を賃金から控除する
- 不足時間分を翌月の総労働時間に加算する
清算期間が1か月超の場合
清算期間が1か月超の場合、下記の法定労働時間の総枠の範囲内で、総労働時間を設定します。
しかし、清算期間が1か月超の場合でも、特定の月に労働が集中し、長時間労働となることを防止する観点から、1か月毎の労働時間が週平均50時間を超えると法定時間外労働となります。
2か月 | 3か月 | ||
清算期間の暦日数 | 法定労働時間の総枠 | 清算期間の暦日数 | 法定労働時間の総枠 |
62日 | 354.2時間 | 92日 | 525.7時間 |
61日 | 348.5時間 | 91日 | 520.0時間 |
60日 | 342.8時間 | 90日 | 514.2時間 |
59日 | 337.1時間 | 89日 | 508.5時間 |
清算期間が1か月超の場合は、総労働時間と実労働時間の過不足は月を跨いで処理することが可能です。
(出典)「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」
清算期間が1か月超の場合は、以下の①②それぞれが時間外労働としてカウントされ、割増賃金の支給が必要となります。
- 1か月毎の労働時間が週平均50時間を超えた分
- ①を除いて、清算期間全体の労働時間が週平均40時間を超えた分
過去の裁判例
日本エマソン事件(東京地方裁判所 平成11年12月15日判決)
事件の概要
Y社では平成4年12月にコアタイムなしのフレックスタイム制を導入しましたが、その後も、午前9時から午後5時15分までとするY社の営業時間には従前と変更がなかったため、Y社は、営業が開始する午前9時までに出勤しない場合には出勤時刻を前もって会社に連絡するよう、全従業員に対して指示していました。
システムエンジニアとしてY社に雇用されていたXは、午前9時に出勤しない場合に出勤時刻を前もって会社に連絡することをほとんどせず、午前9時までに出勤しないことが常態化しており、昼近くに出勤することも多かったため、Y社はXに対し、午前9時の出勤を命じ、その旨の誓約書をXに書かせました。
しかし、その後もXの勤務態度が不良であったため、Y社はXを解雇しました。これを受けて、Xは解雇の無効を訴えました。
裁判所の判断
裁判所は、本件誓約書においては、毎日午前9時には必ず出勤し、いかなる理由があろうとも遅刻しない旨の誓約項目が存在するが、Y社がコアタイムなしのフレックスタイム制を採用している以上、このような誓約項目を記載してもXに無遅刻を義務付けることはできないものと考えられるから、午前9時までに出勤しなかったこと自体は、何ら非難されるべき事柄ではなく、これを理由として不利益な処遇を受けるべきものではない、との判断を示しました。
弁護士 岡田 美彩
- 所属
- 大阪弁護士会
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