退職金
退職金とは、労働者が退職する際に支給される金員をいい、退職手当、退職慰労金等様々な名称で呼ばれます。このような退職金制度がある会社は、厚生労働省の令和5年就労条件総合調査によると約75%にのぼります。
本コラムでは、退職金の法的性質等について解説いたします。
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退職金の法的性質
法律上、退職金制度を導入する義務はなく、会社で退職金制度を設けていなければ、支給する必要はありません。ただし、退職金の支払が就業規則や労働協約などで支払基準が明確に設けられている場合には、労働基準法11条にいう「労働の対償」に該当し、「賃金」としての性格を有することとなります。退職金が賃金とみなされる場合は、原則として労働基準法の賃金の全額払いの原則(労働基準法24条1項)が適用されます。
この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
労働基準法11条
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
労働基準法24条1項
労働契約の締結に際して、退職金の支給の有無等について明示することが使用者に義務付けられています(労働基準法15条、同施行規則5条4号の2)。また、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、「退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項」について就業規則を作成し、労働基準監督署長に届出なければなりません(労働基準法89条3号の2)。
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
労働基準法15条1項
退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
労働基準法施行規則5条4号の2
また、支給基準を定める明示の規定がなくても、客観的に明らかな算定基準に基づいて退職金が支給されるという慣行が存在するような場合には、使用者は退職金支払の義務を負うこととなると考えられます。
退職金の法的性格
退職金の法的性質については、以下の3要素があると考えられています。
- 賃金の後払い的性格
退職金は在職中の賃金補完や社会保障の代替手段とみる考え方。通常、退職金は、勤続期間に比例して積み上げられることから、賃金の後払いとしての性格を有していると考えられています。 - 功労報償的性格
退職金は労働者の企業への貢献度や勤続による貢献等を考慮して支給するものとみる考え方。退職金が一定以上の勤続期間の者に支給される点や、懲戒事由の存在により減額されたり、支給基準が労働者の退職事由によって異なることから、功労報償的な性格を有していると考えられています。 - 退職後の生活保障的性格
退職金を退職後の生活を保障する手段であるとみる考え方。整理解雇等の場合に退職金額が加算されるなど、退職金が労働者の退職後の生活を保障する側面があるため、このような性格を有していると考えられています。
退職金とはこれらの性質が混然一体としたものと理解されており、名古屋地裁昭和49年5月31日判決(労経速857号19頁)でも、「退職金は、その経済的性格として、勤続報償的、賃金の後払的、生活保障的な性格をそれぞれ持ち、それらの要素が不可分的に混合しているものと把握することができ」るとの考え方が示されています。
退職金の不支給・減額
懲戒解雇をした場合や退職後の競業避止義務違反等を理由として退職金の不支給・減額が認められるか否かという問題があります。
この点については、原則として、退職金減額・不支給とする労働協約や就業規則等、又は個別合意がない場合には、退職金を減額・不支給とすることはできません。
懲戒処分の場合
退職金を減額・不支給とする旨の規定が就業規則等に明記されている場合であっても、「賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である」と考えられています(小田急電鉄事件 東京高裁平成15年12月11日判決)。
競業避止義務違反の場合
判例は、退職金が功労報償的な性格を併せ有することから、退職金規則において、競業禁止規定に違反した労働者については退職金支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることについて、合理性のない措置であるとすることはできないとの判断を示しています(三晃社事件 最高裁第二小法廷昭和52年8月9日判決)。
ただし、退職金は賃金の後払い的性格も有するところ、退職金の全額を不支給とする規定は、退職従業員の職業選択の自由に重大な制限を加える結果となる極めて厳しいものであることを考慮すると、不支給条項に基づいて不支給とすることができるのは、退職従業員に労働の対償を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限ると解するのが相当であると考えられています(中部日本広告社事件 名古屋高裁平成2年8月31日判決)。
過去の裁判例
吉野事件(東京地裁平成7年6月12日判決)
事件の概要
Xらは、断熱材の卸売りを業とするY社在職中に、Y社と同業種を営む会社を設立し、経営に参加してY社に多大の利益を失わせたため、懲戒解雇されました。Y社は、従来退職金規程を含め就業規則を制定していませんでしたが、「退職金規程(案)」を作成しており、同規程に基づいて退職金を支給していました。XらはY社に退職金の支払を求めましたが、Y社はXらには退職金を請求する権利がないとして、退職金の支払を拒んだため、Xらが提訴しました。
裁判所の判断
Y社において、正規の退職金規程が制定されていたということはできないが、当初に案として作成・書面化された本件退職金規程に基づいて退職金を支給する実績が積み重ねられることにより、右支給慣行は既に確立したものとなったと認められ、これがY社とXらの雇用契約の内容となっていたと認めるのが相当である。また、Y社においては、本件退職金規程に基づく退職金支給の慣行とともに、「懲戒その他不都合のかどにより解雇され、または退職したに(ママ)は退職金を支給しない。」(五条)との確立した慣行が成立していたものと認められる。もっとも、右慣行は、従業員の長年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為があった場合に退職金を支給しないとの趣旨の限度で有効であると解すべきである。
そして、Y社東京支店長であったAは、亡B社長らとの間で、Y社の経営方針等をめぐって意見が対立し、次第に亡B社長らに対し批判的な姿勢を強め、昭和63年2月5日、あえてY社と同業種を営む訴外会社を設立し、その実質的経営者となり、Y社(東京支店)の仕入先、販売先を奪取する行為に出るに及び、その結果Y社に対し、多大の利益を失わせたものである。訴外会社の設立・経営は、Y社に秘密裡になされており、その目的は、亡B社長らに発覚しない間に、Y社(東京支店)の取引先を奪うなどし、A支店長の経営方針に基づく会社運営を軌道に乗せることにあったと認めるのが相当である。
Xらのうち、X1はAの腹心の部下として、またX2は、Aの妻として、Aとともに積極的に訴外会社の設立・経営に参加し、Y社に在職していながら訴外会社の事業活動に従事していたものであって、X1及びX2がY社に対してとった行動は極めて背信的というほかはない。したがって、X1及びX2について、本件に顕れた有利な情状を考慮しても、長年の勤続の功労を抹消してしまうほどの不信行為があったというべきであり、前記退職金を受給することはできない。
しかしながら、X3及びX4については、訴外会社の設立に関与してはいるが、Y社在職中に訴外会社の事業活動を行った形跡は認められず、AらがY社を懲戒解雇された昭和63年6月15日からしばらく経た後にY社を自己都合退職したものであって、X3及びX4について、長年の功労を抹消してしまうほどの不信行為があったということはできず、前記退職金受給権を失わないというべきである。
小田急電鉄退職金請求事件(東京高裁平成15年12月11日判決)
事件の概要
度重なる電車内での痴漢行為を理由に鉄道会社Y社から懲戒解雇された従業員Xが、解雇手続には瑕疵があり、事案の程度等からして重すぎる処分であるとして、解雇は無効であり、また、懲戒解雇に伴い退職金を不支給とするには、長年の功労を消し去るほどの不信行為が必要であるが、本件ではそれがあったとはいえないなどと主張して、退職金相当額の支払を求めた事案です。
裁判所の判断
本件のように、退職金支給規則に基づき、給与及び勤続年数を基準として、支給条件が明確に規定されている場合には、その退職金は、賃金の後払い的な意味合いが強い。
このような賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。ことに、それが、業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、それが会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要であると解される。
もっとも、退職金が功労報償的な性格を有するものであること、そして、その支給の可否については、会社の側に一定の合理的な裁量の余地があると考えられることからすれば、当該職務外の非違行為が、上記のような強度な背信性を有するとまではいえない場合であっても、常に退職金の全額を支給すべきであるとはいえない。
そうすると、このような場合には、当該不信行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、退職金のうち、一定割合を支給すべきものである。
本件については、本来支給されるべき退職金のうち、一定割合での支給が認められるべきであり、その具体的割合については、本件行為の性格、内容や、本件懲戒解雇に至った経緯、また、Xの過去の勤務態度等の諸事情に加え、とりわけ、過去のY社における割合的な支給事例等をも考慮すれば、本来の退職金の支給額の3割とするのが相当である。
弁護士 岡田 美彩
- 所属
- 大阪弁護士会
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