コラム

2023/10/16

獣医師の応招義務等について

 獣医師には、獣医師法に基づき獣医師という名称の独占使用権と動物の診療業務の独占権が与えられる一方、法律により様々な責務・義務が課せられます。

 本コラムでは、獣医師の義務について解説いたします。

応招義務

診療を業務とする獣医師は、診療を求められたときは、正当な理由がなければ、これを拒んではならない。

獣医師法19条1項

 獣医師が診療を求められた場合、正当な理由がなければ診療を拒否することができません。「応招義務」(「応召義務」と呼称する例もあります)と呼ばれています。獣医師という職務の公共性や業務を独占していることなどを反映して規定されたものと考えられます。なお、医師や歯科医師についても、医師法19条1項及び歯科医師法19条1項に同様の規定があります。

 ここでいう「正当な理由」とは、社会通念上診療ができない場合のことをいうとされています。医師法の解釈を参考にすると、獣医師の不在や獣医師が病気や怪我での休診中がこれに当たります。一方、過去における診療報酬の不払い、軽度の疲労などは正当な理由にはならないと考えられています。

 もっとも、医師及び歯科医師に関し、診療の求めに応じないことが正当化される場合の考え方について、行政解釈(令和元年12月25日医政発1225第4号)では、以下のような考え方が示されました。

 医療機関の対応としてどのような場合に患者を診療しないことが正当化されるか否か、また、医師・歯科医師個人の対応としてどのような場合に患者を診療しないことが応招義務に反するか否かについて、最も重要な考慮要素は、患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)であること。このほか、医療機関相互の機能分化・連携や医療の高度化・専門化等による医療提供体制の変化や勤務医の勤務環境への配慮の観点から、次に掲げる事項も重要な考慮要素であること。

・ 診療を求められたのが、診療時間(医療機関として診療を提供することが予定されている時間)・勤務時間(医師・歯科医師が医療機関において勤務医として診療を提供することが予定されている時間)内であるか、それとも診療時間外・勤務時間外であるか

・ 患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係

 そして、上記考え方を踏まえて次のとおり整理されました。

① 緊急対応が必要な場合(病状の深刻な救急患者等)

ア 診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内である場合

 医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合にのみ、診療しないことが正当化される。

イ 診療を求められたのが診療時間外・勤務時間外である場合

 応急的に必要な処置をとることが望ましいが、原則、公法上・私法上の責任に問われることはない(※)。

※ 必要な処置をとった場合においても、医療設備が不十分なことが想定されるため、求められる対応の程度は低い。(例えば、心肺蘇生法等の応急処置の実施等)

※ 診療所等の医療機関へ直接患者が来院した場合、必要な処置を行った上で、救急対応の可能な病院等の医療機関に対応を依頼するのが望ましい。

② 緊急対応が不要な場合(病状の安定している患者等)

ア 診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内である場合

 原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される。

イ 診療を求められたのが診療時間外・勤務時間外である場合

 即座に対応する必要はなく、診療しないことは正当化される。ただし、時間内の受診依頼、他の診察可能な医療機関の紹介等の対応をとることが望ましい。

 「医療機関相互の機能分化・連携や医療の高度化・専門化等による医療提供体制の変化」という点について、獣医療機関はヒトの医療機関と事情が異なる部分もありますので、獣医師法19条1項も、直ちに上記のような解釈になるわけではありませんが、参考にはなるものと思います。

 正当な理由がないにも関わらず診療を拒否した場合、場合によっては免許の取り消しや営業停止処分の対象となります(獣医師法8条2項1号)。なお、罰則は定められていません。

診療簿記載保存義務

獣医師は、診療をした場合には、診療に関する事項を診療簿に、検案をした場合には、検案に関する事項を検案簿に、遅滞なく記載しなければならない。

獣医師法21条

 獣医師は、診療をした場合には、診療に関する事項を診療簿に遅滞なく記載しなければなりません。

また、診療簿には、少なくとも次の事項を記載しなければなりません(獣医師法施行規則11条1項)。

  1. 診療の年月日
  2. 診療した動物の種類、性、年令(不明のときは推定年令)、名号、頭羽数及び特徴
  3. 診療した動物の所有者又は管理者の氏名又は名称及び住所
  4. 病名及び主要症状
  5. りん告
  6. 治療方法(処方及び処置)

 診療簿の保存期間は、3年間とされています(獣医師法21条2項)。ただし牛、水牛、鹿、めん羊、山羊の場合は8年間とされています(獣医師法施行規則11条の2)。

 診断書やレントゲンフィルムの保存について法律上規定はありませんが、診療簿等に準じた期間の保存が望ましいとされています。

診断書等交付義務

診療し、出産に立ち会い、又は検案をした獣医師は、診断書、出生証明書、死産証明書又は検案書の交付を求められたときは、正当な理由がなければ、これを拒んではならない。

獣医師法19条2項

 獣医師は診断書、出生証明書、死産証明書、検案書の交付を求められた場合、正当な理由がなければこれを拒否することはできません。交付を拒んだ場合、20万円以下の罰金に処せられます(獣医師法29条3号)。

届出義務

獣医師は、農林水産省令で定める二年ごとの年の十二月三十一日現在における氏名、住所その他農林水産省令で定める事項を、当該年の翌年一月三十一日までに、その住所地を管轄する都道府県知事を経由して、農林水産大臣に届け出なければならない。

獣医師法22条

 獣医師法22条に基づき、獣医師の分布、就業状況、異動状況等を的確に把握するため、獣医師にはその住所地を管轄する都道府県知事を経由して、農林水産大臣に2年ごとに届出が義務付けられています。

 当該義務違反について罰則は定められていませんが、当該規定に反して届出を怠った場合には、免許の取り消しや営業停止処分の対象となります(獣医師法8条2項2号)。

通報義務

獣医師は、その業務を行うに当たり、みだりに殺されたと思われる動物の死体又はみだりに傷つけられ、若しくは虐待を受けたと思われる動物を発見したときは、遅滞なく、都道府県知事その他の関係機関に通報しなければならない。

動物愛護法41条の2

 2019年の改正動物愛護管理法(動物の愛護及び管理に関する法律)において、動物虐待について、「遅滞なく」との規定が加えられ、通報は「努力義務」から「義務」へと変更されました。「虐待」とは、動物を積極的に傷つける行為のみならず、餌や水を与えない、病気や怪我をしても適切に処置しないなどの「ネグレクト」も含まれると考えられます。

まとめ

 応招義務を根拠に飼い主から診療を求められて困惑することもあるかと思います。応招義務に反すると獣医師資格に影響がありますので、そのような場合には、弁護士に相談することをおすすめいたします。

弁護士 石堂 一仁

所属
大阪弁護士会
大阪弁護士会 財務委員会 (平成29年度~令和5年度副委員長)
大阪弁護士会 司法委員会(23条小委員会)
近畿弁護士会連合会 税務委員会 (平成31年度~令和5年度副委員長、令和6年度~委員長)
租税訴訟学会

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