コラム

2023/08/14

固定残業代制度

 毎月一定程度の時間外労働等が生じる企業における給与計算事務の負担軽減のためや、定額の収入が得られることを期待する労働者のニーズに答えるために固定残業代の制度を導入している企業は多くあります。

 他方で、不適切な固定残業代制度の運用をしている企業も見受けられ、残業代の未払いが発生し労働者とのトラブルに発展してしまうケースも多々見受けられます。

 本コラムでは、固定残業制度について解説いたします。

固定残業代制度とは

 固定残業代(定額残業代やみなし残業代と呼ばれることもあります。)とは、時間外労働、深夜労働、休日労働といった各種割増賃料について、一定の金額を支払うことを予め合意する制度をいい、予め定められた固定残業時間を超過した場合、超過分については追加残業代の支払がなされることになります。

 固定残業代制度を採用する場合には、募集要項や求人票などに、次の①~③の内容すべてを明示することが求められています(職業安定法5条の3参照)。

  1. 固定残業代を除いた基本給の額
  2. 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
  3. 固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨

 固定残業代の支払方法には、次の2通りがあります。

  1. 割増賃金を基本給に組み込んで支給する方法(組込型)
  2. 割増賃金の支払に代えて定額の手当を支給する方法(手当型)

割増賃金を基本給に組み込んで支給する方法(組込型)

 組込型で固定残業代を支給する場合、基本給のうち通常の労働時間に対する賃金部分と割増賃金部分を判別できることが必要となります。判別が困難な場合、割増賃金相当部分が労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を上回るかどうかの確認が困難であるため、割増賃金は支払われていないものと判断されます。

 また、その場合、固定残業代の金額も含めて、割増賃金の算定基礎賃金が計算されることになるため、注意が必要です。

割増賃金の支払に代えて定額の手当を支給する方法(手当型)

 手当型に関しては、基本給と区別して支給されることから、当該手当額が労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金を上回るかどうかを確認することが可能となります。そのため、手当型による支給については、時間外労働等の対価としての性質を有するかどうかが問題となります。

固定残業代の有効要件

 固定残業代が有効な割増賃金の支払として認められるためには一定の要件を満たす必要があります。

 労基法37条は、同条に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、割増賃金を同条に定められた方法ではない固定残業代として支払うこと自体は、同条に反するものではありません(国際自動車事件 最高裁令和2年3月30日参照)。

 しかしながら、固定残業代が有効な割増賃金の支払として認められるためには、次の2点が要件と考えられています。

  • 明確区分性(判別可能性)
  • 対価性

明確区分性(判別可能性)

 明確区分性とは、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外労働等に対する割増賃金に相当する部分とが明確に区分されているか、というものです。

 両者を明確に区分できなければ、割増賃金相当部分が労基法37条に定められた方法により算定される額を満たすかどうかを判断することができなくなり、長時間労働の抑制を趣旨とする労基法の規制を潜脱することになるため、有効な割増賃金の支払としては認められないと考えられています。

対価性

 対価性とは、固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われたか、というものです。

 雇用契約書等において固定残業代が時間外労働等の対価として支払われることが明示されており、使用者から労働者にその旨の説明がなされている場合、割増賃金部分の金額が実際の時間外労働の実状と大きく乖離していなければ対価性の要件を満たすと考えられています。

固定残業代における時間外労働の制限

 労使間において固定残業代の合意をしていたとしても、その対象となる時間外労働が著しく長時間に及ぶ場合は、その合意の効力が認められない可能性があります。特に、過労死基準である2か月から6か月の時間外労働時間が月平均80時間に及ぶ場合、固定残業代の合意自体が無効となる可能性が高いと考えられます。

 労基法の改正により、時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間となり、特別条項付き36協定においても、月45時間を超えることができるのは年6か月が限度とされました。そのため、固定残業代の対象となる時間外労働についても、長くとも45時間以内とし、可能な限り短時間に留めるべきであると考えられます。

過去の裁判例

高知県観光事件(最高裁第二小法廷平成6年6月13日判決)

事件の概要

 Xらはタクシー運転手として、タクシー会社Yに勤務していました。Xらの勤務体制は、全員が隔日勤務で、労働時間は午前8時から翌日午前2時まで(そのうち2時間は休憩時間)であり、賃金はタクシー料金の月間水揚高に一定の歩合を乗じた金額を支払うということになっていました。なお、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合にも、歩合給以外の賃金は支給されていませんでした。また、歩合給は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできない状態でした。

 そこで、Xらが、Yに対し、時間外及び深夜の割増賃金の支払を求めた事案です。

裁判所の判断

 本件請求期間にXらに支給された歩合給の額が、Xらが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、Xらに対して労基法37条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、Yは、Xらに対し、本件請求期間におけるXらの時間外及び深夜の労働について、労基法37条及び労働基準法施行規則19条1項6号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。

テックジャパン事件(最高裁第一小法廷平成24年3月8日判決)

事件の概要

 契約社員であるXは、人材派遣会社Yとの間で、月間140時間から180時間までは基本給41万円とし、月間総労働時間が180時間を超える場合に1時間当たり2560円を別途支払い、月間総労働時間が140時間に満たない場合には1時間当たり2920円を控除する内容の雇用契約を締結していました。

 Xは平成17年5月から平成18年10月まで1週間あたり40時間(又は1日あたり8時間)を超える労働をしており、Xの月間総労働時間は、平成17年6月は180時間を超え、それ以外の各月は180時間以下でした。

 このような事情の下、XがYに対して、この期間中の時間外労働に対する賃金の支払等を求めて訴えを提起した事案です。

裁判所の判断

 本件雇用契約は、基本給を月額41万円とした上で、月間総労働時間が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり一定額を別途支払い、月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり一定額を減額する旨の約定を内容とするものであるところ、この約定によれば、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働がされても、基本給自体の金額が増額されることはない。

 また、上記約定においては、月額41万円の全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて労働基準法37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない上、上記の割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は、1週間に40時間を超え又は1日に8時間を超えて労働した時間の合計であり、月間総労働時間が180時間以下となる場合を含め、月によって勤務すべき日数が異なること等により相当大きく変動し得るものである。そうすると、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。

 これらによれば、Xが時間外労働をした場合に、月額41万円の基本給の支払を受けたとしても、その支払によって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできないというべきであり、Yは、Xに対し、月間180時間を超える労働時間中の時間外労働のみならず、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、月額41万円の基本給とは別に、同項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものと解するのが相当である(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁参照)。

裁判官櫻井補足意見

 使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ、法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。本件の場合、その判別ができないことは法廷意見で述べるとおりであり、月額41万円の基本給が支払われることにより時間外手当の額が支払われているとはいえないといわざるを得ない。

 便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。

日本ケミカル事件(最高裁第一小法廷平成30年7月19日判決)

事件の概要

 Xは、保険調剤薬局の運営を主たる業務とするYのもとで薬剤師として勤務しており、下記の内容の雇用契約を結んでいました。なお、Xの平均所定労働時間は1か月157.3時間で、勤務していた期間のうち、時間外労働等の時間が、30時間以上の月が3回、20時間以上30時間未満の月が10回、20時間未満の月が2回ありました。

  • 業務内容:薬剤師(調剤業務全般及び服薬指導等)
  • 就業時間:月曜日から水曜日まで及び金曜日は午前9時から午後7時30分まで(休憩時間は午後1時から午後3時30分までの150分)木曜日及び土曜日は午前9時から午後1時まで
  • 賃金(月額):基本給46万1500円、業務手当10万1000円

 本件雇用契約に係る採用条件確認書には、「月額給与 461,500」、「業務手当 101,000 みなし時間外手当」、「時間外勤務手当の取り扱い年収に見込み残業代を含む」、「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」との記載があり、さらにYの賃金規程には、「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する。」との記載がありました。また、他の従業員との間で作成された確認書には、業務手当月額として確定金額の記載があり、「業務手当は、固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」等の記載がありました。

 このような事情の下、Xが、支給された業務手当は時間外労働の対価としてはみなせないと主張し、Yに対し、時間外・深夜労働の割増賃金等の支払いを求めた事案です。

裁判所の判断

 本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びにYの賃金規程において、月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていた。また、YとX以外の各従業員との間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのであるから、Yの賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる。さらに、被上告人に支払われた業務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、Xの実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではない。これらによれば、Xに支払われた業務手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるから、上記業務手当の支払をもって、Xの時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。

国際自動車事件(最高裁第一小法廷令和2年3月30日)

事件の概要

 Xらは、タクシー乗務員として、Yに雇用されていましたが、Yの賃金規則には、歩合給の計算に当たり売上高(揚高)等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがありました。

 Xらは、上記定めは無効であるとして、控除された残業手当等に相当する金額の支払を求めて、訴えを提起しました。

裁判所の判断

 使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない。

 他方、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。

 本件賃金規則の定める仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは、歩合給対応部分の割増金のほか、同じく対象額から控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)。そうすると、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。

 したがって,YのXらに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。

弁護士 岡田 美彩

所属
大阪弁護士会

この弁護士について詳しく見る